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作家の読書道 WEB本の雑誌 Presents

WEB本の雑誌

作家自身は、どんな「本屋のお客」なんだろう?そしてどんな「本の読者」なんだろう?
そんな疑問を、作家の方々に直撃インタビューです。

石井遊佳さん:イメージ

第194回:石井遊佳さん

その3「幻の第一作、ご一報求む」(3/6)

新潮新人賞を受賞したデビュー作『百年泥』が芥川賞を受賞、一躍時の人となった石井遊佳さん。幼い頃から本を読むのが好きだった彼女が愛読していた本とは? 10代の頃は小説を書けなかった理由とは? インドのチェンナイで日本語教師となる経緯など、これまでの来し方を含めてたっぷり語ってくださいました。

青い月曜日 (文春文庫)
『青い月曜日 (文春文庫)』
開高 健
文藝春秋
月山・鳥海山 (文春文庫)
『月山・鳥海山 (文春文庫)』
森 敦
文藝春秋
886円(税込)
銀の匙 (岩波文庫)
『銀の匙 (岩波文庫)』
中 勘助
岩波書店
500円(税込)
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)
『夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)』
セリーヌ
中央公論新社
905円(税込)

――大学進学で東京に越してらっしゃるわけですよね。その後はどんな読書生活になるんでしょう。

石井:よく読んだ本としては、さきほども言った開高健。東京に行ってからは、住環境がなかなか難しかったんです。一人暮らしなわけですが、隣の奴が夜騒いだりして「ううー」と思ったり、ちょっと暗くなる時があって、そういう時に支えてくれたのが開高健でした。『青い月曜日』などを読みましたね。他人の辛い思い出を書いたもので共感してなんとか耐えてたという感じ。
早稲田大学では文学サークルに入ったのでいろいろ読んだと思うんです。サークルの読書会があるからという理由で森敦の『月山』も読んだんですけれど、すごく面白いなと思って。なんだろう、やっぱり表現力ですかね。自然描写も素晴らしいし。自分でやってみれば分かるけれど、自然描写って難しいんですよね。本当にありきたりな表現を重ねるだけになってしまうんですけれど、あれは本当にご自分の表現になっていて。村人たちの様子とか。ああ、そうだ、私、月山に行ったんですよ。

――山形まで、ですか。

石井:そう。出羽三山参道の七五三掛口というところの注連寺に泊めてもらったんですが、そこで4人の画家に本堂の天井画を描かせるという企画をやっていたんです。1人の画家さんが何か月も泊まり込みで描いてらっしゃったので、その画家さんと話したり、和尚さんと話したり、すごく楽しかったですね。食事を作りに来てくれるおばさんがいて、ご飯も美味しくて。そんな話、『月山』とは関係ないんだけれども。

――ふふふ。サークルでは創作はしなかったのですか。

石井:早稲田祭にあわせて小冊子みたいなものを出していたので、いくつか短い小説を書きましたよ。それはわりと評判が良かったけれど、残ってない。欲しいんです、あれ。「朱の春」という題名です。大学生が主人公で、まあまあ恋愛小説に近いような。さっき言ったように「嘘を書けない」ということがあって、それまで創作が苦手だったんですけれど、「朱の春」は完全なフィクションを書いたということでははじめてかもしれない。しかし残っていない、幻の一作。題字を母に書いてもらいました。うちのお母さんは書道の師範なんですよ。私は字が下手ですが、母は上手いんです。で、タイトルを書いてもらいました。誰かコピーでいいからくれないかな。早稲田大学文学研究会の誰か。くれたら私のサイン本を差し上げます(笑)。私、アドレス帳をなくしちゃって、昔の知り合いに居場所が分からない人はいっぱいいて。

――いつ頃の会誌でしょうか。それと、ペンネームは違いますよね。

石井:私が早稲田に入ったのは確か1984年なので、84年か85年に出した早稲田文学研究会の会誌で、小菅陽子の「朱の春」が載っているものを持っている方はぜひ、新潮社の出版部にご連絡ください。

――反応あると嬉しいですよね。さてさて、大学生時代、読むのは国内文学が多かったのですか。

石井:さすがにその頃はガルシア=マルケスも読んでいたんじゃないかな。ラテンアメリカ文学ってある時期からブームになりましたよね。あ、そうだ、その頃に一番好きだった小説は『銀の匙』です。

――中勘助の。

石井:そうです。その時代の私の最高峰がそれでした。今も時々読みますけれど、あれは本当に愛しています。どうしてって、文の素晴らしさ、柔らかさ。もう、比べるものがない、と。

――石井さんがその作品を気に入るかどうかは、やはり文体が重要なんですね。

石井:とにかく文ですよね。言葉が自分の肌にフィットするかどうかですよね。だからはじめの1~2ページで分かっちゃうから、いくらみんなが「いい」と言っていろんなところで紹介していて「読まなきゃ」と思っても、全然駄目なものもあって。いや、それは反省しているんです。読んでいるうちにフィットしてくることもあるんだから、我慢して読まなくちゃいけないのに。だから作家だったら当然読んでいるべき本を全然読んでいなくて恥ずかしいんです。それで言うと、さっき申し上げたセリーヌの『夜の果てへの旅』は、本を紹介する本に載っていた「ぜひ読むべき本」を図書館でずらっと集めてきたなかの1冊で、読み始めたところ、2~3ページ読んでポイっと投げかけたんです。でも、文庫本ってカバーの見返しに著者の紹介がありますよね。そこのところに、セリーヌが亡くなった時墓石に、普通だったら名前とか「安らかに」とか書くところ、「否(ノン)」一語だけが刻まれた、とあって。「これは読まなあかん」って思ってもう1回開いて読み返したら、面白いと感じられたんですよ。そういうことがあるから、すぐに捨てちゃいけませんね。セリーヌは本当は差別主義者だから、そういうことを考えないようにして読まなくちゃいけないんだけれど。

――今古い本を読むと、差別や偏見を感じることは多いですよね。

石井:ひどいこと書いていますよね。そこはちょっと置いといて、ということで。しょうがないですよね。開高さんだって女性に対して差別的なことは書いているけれど、それはあの人の生きてきた道の険しさを思うと、こういう思いにすがって生きなくちゃしょうがなかったのかなと分かるし。言葉尻だけを捉えてどうのこうのっていう気はないです。言葉だけ聞くと表面的に差別的なことがあっても、その言葉が出てくる元の部分があるから、そこを注意深く知るようにしないと、と思います。自分だってたいがいなことを言っているわけで、でも言うには言うだけの理由があって前提条件があるんだから、人の言葉についてもそう捉えないといけないですよね。

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