図書カードNEXT トップ > 作家の読書道

作家の読書道 WEB本の雑誌 Presents

WEB本の雑誌

作家自身は、どんな「本屋のお客」なんだろう?そしてどんな「本の読者」なんだろう?そんな疑問を、作家の方々に直撃インタビューです。

澤田瞳子:イメージ第262回: 澤田瞳子さん2010年に奈良時代が舞台の『孤鷹(こよう)の天』で小説家デビュー、以来さまざまな時代、さまざまな切り口の時代・歴史小説を発表、明治から大正を舞台にした『星落ちて、なお』で2021年に直木賞を受賞した澤田瞳子さん。実は幼い頃から大変な読書家で、授業中にも本を読んで叱られていたのだとか。膨大な読書遍歴の一部と、歴史ものに興味を持ったきっかけや、プロデビューの経緯などおうかがいしました。

その1「古今東西の名作を読む」 (1/8)

てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)
『てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)』
エウゲーニー・M・ラチョフ,うちだ りさこ
福音館書店
1,100円(税込)
だるまちゃんとてんぐちゃん
『だるまちゃんとてんぐちゃん』
加古 里子
福音館書店
990円(税込)
破船 (新潮文庫)
『破船 (新潮文庫)』
吉村 昭
新潮社
572円(税込)
密会 (講談社文庫)
『密会 (講談社文庫)』
吉村昭
講談社
霧の旗 (新潮文庫)
『霧の旗 (新潮文庫)』
松本 清張
新潮社
693円(税込)

――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

澤田:絵本はいまだに何冊か手元にあるので、たぶんこれらの記憶なんだろうなと思うんですが、はっきりしません。『てぶくろ』というウクライナの民話の絵本は落とし物の手袋の中に動物たちが入っていく話で、それは今でも好きなので、小さい頃もお気に入りだったんじゃないかなと思います。それとか、定番の『だるまちゃんとてんぐちゃん』とか。

――小さい頃読んだ絵本がいまだに手元にあるのですか。

澤田:あります。本を捨てられない人間なので、小さい頃に読んだ文学全集や読み聞かせてもらった絵本もとってあります。
本当に小さい頃から本を読むのが好きだったのですが、子供向けの本って「小学何年生向け」と書いてあるじゃないですか。あれがすごく嫌いでした。先生に「これは高学年向きだからまだだね」とか言われて、「え、だってこの本読みたいのに」って。

――読む本はどのように選んでいたのですか。

澤田:小さい頃は本屋さんに行って「選んでいいよ」と言ってもらえたので買ってもらっていました。小学校に入ってからは、学校の図書室で読んで面白かったものがあると、続きがほしいと親にねだったりしていました。それと、子供向けの文学全集を揃えてもらっていたので、それを片っ端から読みました。古今東西の話が入っていたと思います。注釈付き現代語訳の子供向け「平家物語」とか、「がんくつ王」とか、シャーロック・ホームズとか。
その全集でよかったのは、日本文学版の最後の巻が現代童話セレクト集になっていて、まだご存命だった松谷みよ子さんや安房直子さんの短篇がアンソロジー形式で入っていたんですよ。それで知った現代の童話作家さんのお作を、個別に読んでいったりしていました。

――学校の国語の授業は好きでしたか。

澤田:好きでした。新年度に教科書が配られたら先に全部読むタイプでした。作文は得意でしたが、読書感想文はあんまり好きじゃなかったですね。本を読むのは好きだけれど、読んで感じたことをうまく書けるかどうかはまた別じゃないですか。ちょっと話が前後しますし、もうそろそろ時効だと思って告白しますが、高校2年生の時に、友達が夏休みの宿題の読書感想文が苦手で間に合わないって言うから、何かとの交換条件で彼女の分も引き受けたんです。彼女の分は吉村昭の『破船』で書きました。そうしたらそっちのほうが、読書感想文コンクールに出すことになってしまって。友達が先生に取り下げてもらえないか交渉にいったんですが、「別にいいじゃないか」みたいに言われてしまい。結局、府か何かの大会までいって、そこでようやく選外になったんですよね。すごく適当に書いた感想文だったのに......。作品が良かったからなのかもしれません。

――読むものは小説が多かったのですか。それと、自分でお話を想像したり書いたりはしていましたか。

澤田:読むものは見事に小説ばかりですね。小6くらいの時に「お話を作ってみよう」みたいな授業があって、それはすごく楽しかったです。中学生の時に何か書いてみようとしたんですけれど、枚数がすごく必要だということが分かり......。中1の時かな、日本ファンタジーノベル大賞がスタートして、賞金500万円というのが子供心にすごく衝撃だったんです。同時に、規定枚数が400字詰め原稿用紙で300枚から500枚くらいで、そんなに書けへんとも思いました。

――読書以外に、映画やアニメなど何かはまったもの、のちの創作に影響を与えたと思うものはありますか。

澤田:小説以上のものはないですね。映画もアニメも好きでよく見ていましたけれど、でもそれは自分にとって、言葉と文字以上のものにはならなかったんですよね。
ただ、小学生の時はテレビ時代劇が大好きでした。京都に住んでいたんですが、通学路に毎日のように時代劇のロケをしている神社があったんです。下校時、参道に屋台が出ていて、チャンバラのシーンなんかを撮影していて、「お子さん通りますー」って言われる中、和装の出演者さんたちの間を駆け抜けて通らせてもらったり。そんななか、小学校3年生くらいの頃に風間杜夫さんの「銭形平次」の放送が始まったんですよ。すごく格好よかったんです。その時に「この話には元になった物語があるんだよ」と教えられ、テレビドラマに原作があるということをはじめて知りました。富士見書房文庫版の『銭形平次捕物控』をすぐに買ってもらって、本当にボロボロになるまで読みました。

――ドラマや映画で面白かったものは原作にもあたるという。

澤田:そうですね。緒形拳さんが主演の「動く壁」というSPが主人公のドラマを見た時は、吉村昭さんの短篇が原作だと知って(短篇集『密会』所収)、翌日買いに行きました。わたしが中1の頃に、松本清張さんが作家活動40周年記念で作品がどんどん映像化されていたので、それで『霧の旗』を始めとする色々なドラマを見て、次の日に本屋に走りました。

――「銭形平次」以降、好きだった時代劇はありますか。

澤田:月曜から日曜まで毎日なにかしら時代劇をやっていましたから、いい時代でした。日テレが年末時代劇で、必ず里見浩太朗さんを主演に据えた長編ドラマを放送していました。たとえば「忠臣蔵」だと大石内蔵助が里見さんで、浅野内匠頭が風間杜夫さんというように、この2人が主たる組み合わせなんです。それで小学生の頃、「白虎隊」が放送されました。これが実に名作で、本当にはまりました。わたしの時代・歴史小説観の根本の一つはあの作品だと思います。中学高校の頃は、期末テストが終わるたびにそのビデオを見返してだーっと泣く、というのがストレス解消法でした。中川翔子さんのお父さんの中川勝彦さんが沖田総司役だったんで、とてもかっこよかったです。去年会津に行ったら、そのドラマ制作時に書かれたらしき出演者たちのサインが飾られていて、「おおおっ」と大興奮でした。

――現代もののドラマはあまり見なかったのですか。

澤田:そうなんですよ。つい7,8年くらい前にようやく「東京ラブストーリー」を見たくらいです。ただ、コロナの最中にTVerで古い名作を片っ端から見ました。「愛していると言ってくれ」にはまって、仕事を放り出して見ていました。

「作家の読書道」は「WEB本の雑誌」からコンテンツの提供を受けています。

ページトップへ

ページトップへ