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作家の読書道 WEB本の雑誌 Presents

WEB本の雑誌

作家自身は、どんな「本屋のお客」なんだろう?そしてどんな「本の読者」なんだろう?
そんな疑問を、作家の方々に直撃インタビューです。

石井遊佳さん:イメージ

第194回:石井遊佳さん

その4「本格的に小説を書き始める」(4/6)

新潮新人賞を受賞したデビュー作『百年泥』が芥川賞を受賞、一躍時の人となった石井遊佳さん。幼い頃から本を読むのが好きだった彼女が愛読していた本とは? 10代の頃は小説を書けなかった理由とは? インドのチェンナイで日本語教師となる経緯など、これまでの来し方を含めてたっぷり語ってくださいました。

新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)
『新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)』
村上 龍
講談社
961円(税込)
新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)
『新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)』
村上 龍
講談社
443円(税込)
海の向こうで戦争が始まる
『海の向こうで戦争が始まる』
村上 龍
講談社
443円(税込)
ベッドタイムアイズ (河出文庫)
『ベッドタイムアイズ (河出文庫)』
山田 詠美
河出書房新社
432円(税込)

――大学生くらいの頃に村上春樹ブームがありませんでしたか。そうした話題の本などには興味がなかったのかなと思って。

石井:周りに村上春樹ファンの人、いました。でも私はあまり読んでいませんでした。ああ、そうだ、私は村上龍さんが好きでした。『コインロッカー・ベイビーズ』が一番好きで、もちろん『限りなく透明に近いブルー』とか『海の向こうで戦争が始まる』とかも読みました。私にしてはまあまあ読んだほうだと思うんです。大体の作家は時々「うん?」と思う文章があるんですけれど、村上龍さんはそういうのがないですね。

――芥川賞の選考委員でしたが、石井さんの時の選考にはいらっしゃらなかったんですよね、体調不良で。

石井:そうなんです。講評がおうかがいできなかったので残念でした。受賞式もいらっしゃらなくて。ああ、そうか選考委員といえば、山田詠美さんも好きで何冊か読みました。『ベッドタイムアイズ』とか。あの方の本はたいていみんな持っているから、友達に借りたりもしていました。

――ところで、大学で専攻したのは。

石井:法学部。法律なんだけど、勉強しませんでした。小説を書いてないにも関わらず作家になりたいとは思っていました。でも高校の終わりくらいに、政経の先生の授業がすごく面白くて、その先生に薦められて、岩波新書あたりで出ている法律に関する本を読んで「いいな」と思ったというのもあって。社会的な興味が出てきたんです。小説家になりたいからといって文学部というのも芸がないなと思って、社会学系がいいなと思って法学部に入りました。入ったら入ったで、浪人が辛かったこともあってもうヨレヨレになって、勉強する気もなかったという。でも書くことはずっと続けていました。その時はまだ小説らしい小説も書けなかったんです。小説という形で書けるようになったのは20代終わりとか30代になってですね。やっと平気で嘘をつける人間になったので、小説も書けるようになってきたんです。

――ちなみに政経の先生が教えてくれた岩波新書あたりの本というのは、そんなにいい本があったわけですか。

石井:ベタな本ですよ。後藤昌次郎先生の、一般向けにやさしく書いた法律に関する本が何冊かあって、それが面白かったんです。冤罪についての本などがあったかな。わりと具体的な内容だったと思います。法曹を目指したいと思ったことは一度もないんですけれど、やっぱり世の中のことをちゃんと知ったほうがいいなというのもありましたし。

――大学を卒業後、20代後半で小説が書けるようになるまでは、どのような変遷があったのでしょう。

石井:いろんなバイトをしましたね。親が病気をして大阪に戻ったりとか、いろいろしていました。単に年を取ったというのもあるし、世の中のいろんなものを見て、嘘によって幸せになれるんならそれでいいじゃないですか、みたいな気持ちになって、書けるようになったのかもしれません。
その間に読んだ本は憶えていないけれど、常に本は好きだから読んでいたと思います。図書館に入り浸るのが好きだから、図書館で見かけた本を読んでいましたね。

――その間、小説を書こうとはしていたのですか。

石井:習作的なものは書いていたんですけれどなかなか仕上がらなくて、だから創作としてはクオリティが高くなかったと思いますけれど、20代後半から投稿はしていました。もちろん一次選考にもまったく引っかからずという感じで。唯一最終選考までいったのが、33歳の時の「文學界」新人賞で、その時はよりによって草津温泉に住み込みで仲居をしている時で、選考に残ったことは偶然知ったんですよ。その頃家は埼玉にあって、たまたま用事ができて帰ったら、留守電がいっぱい入っていて、その中に「文學界」からのものもあって「最終選考に残られました」と。「え、応募してたっけ」みたいな感じでしたが、文藝春秋まで行って編集者にお会いして。芥川賞を頂いた後にその話をしたら、その時の編集者がどなただったかを調べてくださった方がいて、贈呈式の二次会の時にその編集者の方が来てくださったんですよ。それはともかく、「文學界」新人賞候補になった時に唯一、推してくださったのが奥泉光さんだったのを覚えています。

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