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図書カード使い放題?!

もし手元に自由に使える3万円の図書カードNEXTがあったら、あなたならどんな本を買いますか?
このコーナーでは、そんな夢のような話を作家さんに体験していただき、どんな本を選んだかを大公開!
図書カードNEXTで本を選ぶ楽しみをあなたも疑似体験してください。

第71回:金原ひとみさん

壁が見えない人生
<プロフィール> 金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
1983年東京都生まれ。2003年、『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞。2004年、同作で第130回芥川龍之介賞を受賞。2010年、『トリップ・トラップ』で第27回織田作之助賞を受賞。2012年、『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。2020年、『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞。『アンソーシャルディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞を受賞。その他の著書に『AMEBIC』『ミーツ・ザ・ワールド』『デクリネゾン』『腹を空かせた勇者ども』等がある。

 今月の図書カード3万円お買い物は金原ひとみ氏が登場! これまでの本棚の来し方行く末に思いを馳せながら、海外文学からコミック、登山本までじっくり選んだ15冊はこれだ!
(2023年7月20日 於ジュンク堂書店池袋本店)

 父が翻訳家で、実家の壁が本棚で埋め尽くされていたため、幼い頃友達の家に遊びに行くと、本棚が1台くらいしかないことや、壁が見えることに驚いた。10代の頃同棲をしていた彼氏たちも、大抵本棚は一つ、あるいはラックにCDや本を積んでいるくらいのもので、ここならいくらでも本を増やせる、とワクワクしたものの、私が21で結婚したのは編集者で、父と同じく大量の本を所蔵する人だった。
 鹿島茂さんプロデュースのカシマカスタムという本棚を何台も買い、本を本棚から溢れさせないようリビングにも寝室にも廊下にもせっせと設置し続けたが、家には常に床置きの本が積み上がっていた。
 しかし東日本大震災後、私は子供を連れフランスに行くことを決意し、本と本棚を全て実家に送りつけるという悪の所業を軽々こなすと、スーツケースだけで移住を決行した。よく覚えていないが、私は誰かの何かしらの言葉に影響され、スーツケースに3冊しか本を入れなかったのだ。誰のどんな言葉だったのかも覚えていないし、1冊は『パリの憂鬱』だったと思うが、他の2冊は何だったか忘れてしまった。当時の自分にとっては切実だったのだろうが、なんだか滑稽だったなと今は思う。
 しかしその後旦那が渡仏することが決まると、日本から次々と段ボールが届き始めた。フランスでは自宅ドアまで運んでくれるかどうかは配達員によってまちまちなため、とても一人では持ち上げられないような、本がパンパンに詰まった巨大な段ボールが複数個アパート1階の共用部に置かれたままだったりすると、本と旦那への憎しみが募った。あの時期、部屋まで本を移動させる労力によって、私の寿命は確実に半年は縮んだ。作り付けの本棚はすぐに埋まり、私はその後友人から3台本棚を譲り受け、もう2台買い足した。
 本帰国する時にはかなりの本を捨てたものの、帰国後入居した家の壁はまたすぐにカシマカスタムで埋まり、階段一段一段に腰くらいまでの本が積み上がっている状態が続いた。しかし今年、関係が悪化した旦那と別居を始め、一転して本棚ががらりと空いた。本棚の余裕は、心の余裕なのかもしれない。そんなふうにも思ったし、家が広くなって心が躍った。でもあんなに余裕があった本棚も、旦那が出て行って半年ほどでほぼ埋まってしまった。そんな状態でも、3万円分の図書カードで好きな本を買いませんかと誘われれば胸が躍って、何も考えず受けますと言ってしまう自分が別に嫌いではないし、本に埋もれるように死んでいくのだろうという諦念の中で本を買い続ける人生を、これまで生きてきたどこかのポイントで、私はいつしか許容していたのだろう。今振り返っても、それがいつだったのかは思い出せないけれど。
 河出書房の担当の竹花さんと、『本の雑誌』の松村さんと池袋ジュンク堂の前で待ち合わせ、企画がスタートした瞬間、「大体3万円くらいかなというところまで本を選んだら連絡をして落ち合うスタイル」ではなく、「二人がまあまあ見える場所について回り、逐一私の選んだ本の値段をチェックしていくスタイル」であることに気づいて緊張が走った。人に見られながら本を選ぶという経験は、おそらく人生で唯一この日だけだろう。

金原ひとみさんが図書カードNEXTで購入した本

著書 著者/出版社 価格(税込)
『植物少女』 朝比奈秋/朝日新聞出版 ¥1,760
『ドレの神曲』 ダンテ原作、谷口江里也訳・構成、ギュスターヴ・ドレ画/宝島社 ¥1,572
『エタンプの預言者』 アベル・カンタン、中村佳子訳/KADOKAWA ¥2,640
『新しい人生』 オルハン・パムク、安達智英子訳/藤原書店 ¥3,080
『僕の違和感』〈上下〉 オルハン・パムク、宮下遼訳/早川書房 ¥4,840
『普通という異常 健常発達という病』 兼本浩祐/講談社現代新書 ¥1,100
『ドゥルーズの哲学原理』 國分功一郎/岩波現代全書 ¥2,640
『ニューヨークで考え中』〈1〜4〉 近藤聡乃/亜紀書房 ¥4,510
『GLITCH-グリッチ-〈4〉』 シマ・シンヤ/KADOKAWA ¥770
『母という呪縛 娘という牢獄』 齊藤彩/講談社 ¥1,980
『ワインつまみ すぐおいしいじっくりおいしい』 平野由希子、高橋雅子/池田書店 ¥1,100
『分解する』 リディア・デイヴィス、岸本佐知子訳/白水uブックス ¥1,870
『氷壁』 井上靖/新潮文庫 ¥1,100
『日本百名山』 深田久弥/新潮文庫 ¥1,100
合計 ¥30,062

それでは各書籍について、購入の背景をじっくりと伺いましょう。

購入の背景について

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