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図書カード使い放題?!

もし手元に自由に使える3万円の図書カードNEXTがあったら、あなたならどんな本を買いますか?
このコーナーでは、そんな夢のような話を作家さんに体験していただき、どんな本を選んだかを大公開!
図書カードNEXTで本を選ぶ楽しみをあなたも疑似体験してください。

第60回:西川美和さん

至福の空間で本選び
<プロフィール> 西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。2002年に『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほか。06年『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか。09年『ディア・ドクター』、12年『夢売るふたり』、16年『永い言い訳』を発表。2021年2月『すばらしき世界』(主演:役所広司)が公開。小説作品に『ゆれる』、『きのうの神様』、『その日東京駅五時三十五分発』、『永い言い訳』がある。

 今月の図書カード3万円お買い物コーナーは西川美和さんが登場! 入場料のある本屋文喫で、選りすぐられた3万冊の棚をじっくり堪能しつつ購入した9冊はこれだ!
(2021年4月26日 於文喫六本木)

 3万円分の図書カードをいただいて、本屋で好きな本を買う。こんなにボロい仕事があっていいものだろうか。しかし私は自らの著書を書店に置いてもらう身分で面目ないが、本はネットで購入する機会の方が多く、書店にあまり出向かない。本屋には魔物がいる。行けば時間の感覚を失い、紙の手触りや色とりどりの装丁の綺麗さに酔い、「こんな本の似合う自分になれたらいいな」とつい3冊、4冊、柄にもないような本まで買ってしまう。そして陶然としたまま帰宅後まっさきに手に取る本は、中でも一番険しげな山だったりするものだから、2冊目以降はくたびれてそのまま埃をかぶることも多い。これもまた恥ずかしいが、さして読書家の部類ではないのだ。
 けれども昨年4月、最初の緊急事態宣言下で都内の書店の多くが休業を決めた途端、その場所が無性にかけがえのないものに思えた。家で過ごそう。......本なしに? そりゃないだろ。誰もがこれまでの人生で体験したこともないような「無為」の時間にこそ、自分のためになる本かどうかなども考えず、あたらしい本に出会う絶好のチャンスなのに。私も新作映画の仕上げが中断され、再開見込みも立たない日々だった。自粛要請期間に突入する寸前に、近所の大学構内にある書店に駆け込んで、二重の紙袋がずっしり重たくなるほど本を買った(まだあの頃は、無料で買い物袋をもらえた)。話題のユヴァル・ノア・ハラリ氏やブレイディみかこさんの本を読めたし、読んだふりして実は未読だったカミュの『ペスト』もここぞと読んだ。明日をも知れぬ時間にこその読書。いい時間だった。
 今回訪れた「文喫」という書店の存在は、ラジオで知った。ラジオもまた、誰とも会わず、ひとり幽閉の身にとっては頼もしい友人だ。私が赴いたのは六本木店だが、情報元はエリアフリー機能で愛聴する福岡の『PAO〜N』というローカル番組だ。東京にいながら、住んだこともない地域のラジオで笑う。感染症の流行が、選択肢の豊富な時代でつくづく幸運だ。番組では1,650円の入場料を払う書店として福岡・天神の店舗が紹介されていた。売れ筋に関係なく、書店員選りすぐりの本が3万冊並び、同じ本は2冊とない。興味のある本の周辺には、紐づいてまた手に取りたくなる別の1冊がきっと見つかるという。店内のくつろぎスペースで本を一日中独占して心ゆくまで堪能し、買わずに帰ってもよし。書店内のカフェではこだわりのコーヒーと煎茶は飲み放題で、工夫のこらされた飲食メニューもあり、本を開いて会議できるスペースまであるという。必ずお気に入りの本に出会えますよ、とブックディレクターの女性の声は自信に満ちていた。
 若い頃に旅行したニューヨークの「バーンズ&ノーブル」という大型書店を思い出した。店内の至るところに置かれた肘掛け椅子やソファで、老若男女が自宅さながらにくつろぎ、売り物の本に読みふけっていた。中には本を抱えたまま寝落ちしている者までいたが、誰が咎める気配もない。図書館よりもカジュアルで、新しいものも豊富に取り揃えられ、じっくり目を通して、いよいよ欲しくなれば買って自分のものにすることもできる。これなら本屋は毎日でも行きたい場所になるだろうと思ったし、知を共有することがすなわち社会全体の利益という思想の差にひどく面食らったものだった。日本では漫画本にビニールがかけられて以来、本屋から子供の姿が消えたが、ついに文庫本にも包装をかける出版社が出たというこんな時代に、文喫は一石を投じる書店となるのか。
 それにしても1,650円(土日祝は1,980円)......分厚い文庫本が2冊は買える。休日料金なら映画が観られる。その上欲しい本に出会ってしまった日には、さらなる出費。正直、自分じゃ足が向かない、と思っていた時にこの旨味たっぷりの企画が転がり込んだわけだ。しめしめ。しかしそんなタイミングで、東京は3度目の緊急事態宣言。デパートや映画館、美術館、公立図書館、大型レンタルビデオ店などが休業を強いられる中で心配したが、店を開けてくれているという。よもや入場料まで出してもらおうと目論んでいたわけではないが、当日、10分遅れで文喫にたどり着くと、すでにこのコーナー担当の松村さんがお支払いくださっていた。すいません。セコいやつだとお思いでしょうが、わざと遅れたわけではないんです。
 入場料と引き換えに渡されるバッジをつけて、店舗に入る。六本木通りに面した「青山ブックセンター六本木店」の跡地に建ったこの書店は、かつての吹き抜けのフロアの作りを生かしつつ、さらに余計な装飾のない洗練されたカフェスペースあり、欧米の図書館を思わせる緑のバンカーズランプのずらり並んだ閲覧コーナーあり。まさにワンランク上の本好きたちのための、至福の空間が用意されていた。
 当然「週刊実話」などを置いてる気配のないシャレオツな雑誌フロアを突っ切って(置いてたらごめんなさい)、中2階の歴史コーナーへ直行。私は今、太平洋戦争や終戦後のことなどを勉強しているので、この日を楽しみにして来たのだ。amazonのレコメンドエンジンがはじき出した「読書履歴に基づくおすすめ」などを凌駕する、生きた目利きの1冊と出会わせてくれ!

西川美和さんが図書カードNEXTで購入した本

著書 著者/出版社 価格(税込)
『昭和を語る 鶴見俊輔座談』 鶴見俊輔/晶文社 ¥2,420
『〈焼跡〉の戦後空間論』 逆井聡人/青弓社 ¥3,740
『日本の長い戦後 敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか』 橋本明子、山岡由美訳/みすず書房 ¥3,960
『パンパンとは誰なのか キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』 茶園敏美/インパクト出版会 ¥3,080
『国鉄上野駅24時間記』 荒川好夫/グラフィック社 ¥3,520
『おれの眼を撃った男は死んだ』 シャネル・ベンツ、高山真由美訳/東京創元社 ¥2,420
『自転車泥棒』 呉明益、天野健太郎訳/文藝春秋 ¥2,310
『ここにいる』 王聡威、倉本知明訳/白水社 ¥3,080
『新装版 オオカミ その行動・生態・神話』 エリック・ツィーメン、今泉みね子訳/白水社 ¥6,380
合計 9冊 ¥30,910

それでは各書籍について、購入の背景をじっくりと伺いましょう。

購入の背景について

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