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第60回:西川美和さん

至福の空間で本選び
<プロフィール> 西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。2002年に『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほか。06年『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか。09年『ディア・ドクター』、12年『夢売るふたり』、16年『永い言い訳』を発表。2021年2月『すばらしき世界』(主演:役所広司)が公開。小説作品に『ゆれる』、『きのうの神様』、『その日東京駅五時三十五分発』、『永い言い訳』がある。

購入書籍No.   123456789

【1】『昭和を語る 鶴見俊輔座談』(晶文社)
【2】『〈焼跡〉の戦後空間論』(青弓社)
【3】『日本の長い戦後 敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか』(みすず書房)

『昭和を語る 鶴見俊輔座談』『〈焼跡〉の戦後空間論』2『日本の長い戦後 敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか』

 棚に並んだ背表紙に目をこらすと、確かに巷で騒がれている本も見当たらず、一見モチーフもバラバラ。けれども、手にとって1冊ずつの目次や中身を流し見ていくと、確かにどの本も濃度が高そうだし、こんな本があったとは、という小さな感激を覚える。『昭和を語る 鶴見俊輔座談』を皮切りに、『〈焼跡〉の戦後空間論』『日本の長い戦後 敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか』の3冊を手に抱えた。鶴見さんの本は60年代から90年代に行われた対談を2015年にまとめられたもの。過去の対談や著作が新装され、きれいな文字組で読めるのはありがたい。「失敗したと思う時にあともどりをするという先例を、はっきりと残すことが、日本の未来のために、重大な役を果すと、私には思えます」─どきり。昨日書かれたのでは? とハッとする。
 橋本明子さんという在米の社会学者の著作には初めて触れるが、元は英語で書かれたものを日本語訳された本のようである。外から見た人からの方が切れ味よく日本の歴史を語るものも多い。中をめくったときに読める章の中の小見出しの明瞭さと、裏表紙に印刷された著者近影のやわらかい笑顔に惹かれて、買うことを決めた。こういう買い方は、まさに本屋に来てこそだなあ。

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【4】『パンパンとは誰なのか キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』(インパクト出版会)
【5】『国鉄上野駅24時間記』(グラフィック社)

『パンパンとは誰なのか キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』『国鉄上野駅24時間記』

 他にも、社会のコーナーにてジェンダー論の本が並ぶ中『パンパンとは誰なのか』、旅行のコーナーにて大型の写真本『国鉄上野駅24時間記』。後者は国鉄本社の広報部専属カメラマンが撮りためた1970年から1975年の上野駅の写真をまとめたものだが、このように名もなきカメラマンが路上で撮ったスナップショットが昔から好きだ。昭和の日本人の顔は、陰影が強く、役者より良い顔をしていることに、いつも怯む。怯みたくてこういう本をまた買う。

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 この際値の張る重厚な写真集や美術本を買わせてもらおうかとも思って棚を見に行った。かつての青山ブックセンターの遺志を継ぐかのように、アート、デザイン、建築の本も充実している。しかしこの類は一度開いたきりで本棚の肥やしにしてしまうのが私の悪い癖。そういう本こそ、いつか自分だけで来たときにゆっくり店内で賞味させてもらうことにして、ぶらぶらと海外文学の棚へ。

【6】『おれの眼を撃った男は死んだ』(東京創元社)
【7】『自転車泥棒』(文藝春秋)
【8】『ここにいる』(白水社)

『おれの眼を撃った男は死んだ』『自転車泥棒』『ここにいる』

 書架の中には、ポピュラーな作家の定番やベストセラーは多くなく、私の知らないものがほとんどだった。英米文学のみならず、中国、台湾、韓国、アジアの作品も豊富なのが興味をそそる。『おれの眼を撃った男は死んだ』は米国在住の作家のデビュー短編集、2,200円。『自転車泥棒』は台湾の呉明益の戦中ものの長編で、2,100円。『ここにいる』も同じく台湾の作家・王聡威の現代小説、2,800円。翻訳物は、どれも2千円越えのしっかりしたお値段だ。書き手が分厚い小説を1冊書くことの労力と、それがさらに海を渡ることまでの果てしない消費カロリーはよくわかっているはずなのに、手に取る立場になると、気圧される。しかし結局は中身次第だ。一つに1万円払っても足らないと思える本も映画もあるが、そんな自分にとっての良作に出会うために、いくつもソリの合わないものにも投資をし、付き合ってみる過程は必然だ、という考え方もある。それだけの金額を払った甲斐があった、と受け手に思ってもらえるようなものを作っているだろうか─とふと我が身をかえりみたりしつつ。

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【9】『新装版 オオカミ その行動・生態・神話』(白水社)

『新装版 オオカミ その行動・生態・神話』

 1冊くらい、生業と全く関わりのない本を買って帰りたい。自然のコーナーに行って、『オオカミ』と題された、辞書ほどの厚みの本を手に取った。今年の初めに多摩動物公園で見たオオカミの姿がなかなか良かったのだ。「人類最古の友」である犬の祖先にして、最も人間から遠く、しばしば忌み嫌われ、悪と残忍さと孤高の象徴であるオオカミの全てが書かれているらしい。私がこんな本を読んで何になる? いや、それこそが至高の読書というものだ。ちょっと試しに冒頭を読んだら、早速面白そうで、仕事を放り出して読みふけってしまいそうだったから、慌てて表紙を閉じた。

 しめて3万円強。その上テーブルについて温かい煎茶まですすって、こんな贅沢はない。資料になりそうな本を探すぞ、という大雑把な目的以外ノープランで来た私だが、やはり本屋さんがキュレーターのようになって選んでくれている書架の彩りは珍しく、自分ではたどり着けないような本を手に取ることができたのではないかと思う。ジャンルは多岐にわたるが、何階にもフロアが分かれた超大型書店と違って、全てがコンパクトな面積の中に収まっているのもほどよい。店内は静かだが、図書館ほど静寂の圧迫はないし、存外気取りもなくて居心地が良かった。おそらく散財は必至なので、懐に余裕ができたときに、年に一、二度の贅沢な行事にするのは大人の遊びとして良いのではないかとも思う。早々に読み始めた『鶴見俊輔座談』『日本の長い戦後』は大当たりで、すでにたくさん傍線が引かれ、付箋が貼られ、これだから人から本を借りられないのだ。そんな中で『オオカミ』だけはひときわ遠くに輝く一番星のように見える。今取り掛かっている企画が形になるための、お守りがわりに机の前にでも鎮座させておくことにする。

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