図書カードNEXT トップ > 図書カード使い放題?! > バックナンバー > 第9回:穂村弘さん

第9回:穂村弘さん

『幻』だらけ
<プロフィール> 歌人。1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。短歌の他に詩、評論、エッセイ、絵本翻訳などを手がける。著書に『ラインマーカーズ』『世界音痴』『本当はちがうんだ日記』『絶叫委員会』『ぼくの宝物絵本』などがある。2008年に『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、石井陽子とのコラボレーション「『火よ、さわれるの』」でArsElectronica InteractiveArt部門Honorary Mentionを受賞。

購入書籍No.   123456789101112

【1】『絵本』(澪標)

『絵本』

 早速スーパーマーケットにあるようなワゴンに鞄を入れて、子連れ狼スタイルで店内を回り始める。入り口付近に谷川俊太郎コーナーがあった。そこから『絵本』という本を取ってワゴンに入れる。「自費出版による限定版を54年ぶりに普及版として復刻」という説明文に惹かれたのだ。

ページトップへ

「素早いですね」と浜本さん。その日の初っぱなに入った店で手に取った本を買うと、その後も掘り出し物に当たる。と、これは古本屋の話だが、植草甚一をはじめとして何人かのマニアが同様のジンクスについて書いている。不思議なことだが、私の実感としてもそんな気がする。おっ、と思って最初に手に取った本を見逃すと、何故かその後も買えなくなるのだ。
 野球の審判のストライクゾーンがその日の最初のジャッジで決まるように、一冊目の本を見逃すことで買い手のなかの心理的なハードル設定が高くなるのだろうか。それとも、買われなかった本から仲間の本たちへテレパシーが走って掘り出し物が姿を隠してしまうのか。いずれにせよ、今日はすぱっと一冊選んだから、もう大丈夫だ。

 ところが、その後、買う手が止まってしまった。おかしい。ちゃんとジンクスに従ったのに。いつもと勝手が違う。本棚をみても目が泳ぐような感じで集中できない。なんだか、変に意識してしまうのだ。直接的には、付かず離れずのところを歩きながらときどきカメラをこちらに向けている浜本さんを。さらには、その向こうにいる「本の雑誌」の読者の存在を。
 もともと私の自我は弱く自意識は強い。そのため、弁当屋で弁当を買うときも、店員さんが可愛かったりすると、ちょっとでもいい印象を残せそうな弁当を選んだりする。「ちょっとでもいい印象を残せそうな弁当」なんて意味不明と知りつつ、本当に食べたい焼肉キムチ弁当はちょっと生々しいから、ライ麦ミックスサンドイッチを2個にしようか、いや、もう少し男らしくてできれば親しみやすいユーモアがある方がいいな、と微調整ののち、「中華春巻弁当ください」などと口走る。あるのかユーモア。

 どうやら、今もそれに似た自意識が発動しているらしい。テレビカメラが張り付いているわけでもないのに。無心になれ。無心に。自分が本当に欲しいものをただ選べばいいんだ。本当に欲しい物。焼肉キムチ弁当。
 やきにくきむちやきにくきむちとぶつぶつ唱えているうちに、少しずつ本が目に入り始めた。

【2】『海と灯台の本』(新教出版社)
【3】『コドモノクニ名作選 大正・昭和のトップアーティスト100人が贈るワンダーランド!』(アシェット婦人画報社)
【4】『小林かいちの世界 まぼろしの京都アール・デコ』(国書刊行会)

『海と灯台の本』『コドモノクニ名作選 大正・昭和のトップアーティスト100人が贈るワンダーランド!』『小林かいちの世界 まぼろしの京都アール・デコ』

ページトップへ

 よし。どれも本当に欲しい本ばかりだ。ところが、そこで或ることに思い当たる。ここまで選んだものは全部、昔出た本の復刻もしくはそれに準じる資料なのだ。帯の言葉を並べてみる。
「幻のソビエト絵本が復活!」
「幻の絵雑誌!」
「よみがえる幻の画家」
「幻」の三連発だ。本当に欲しいものを選んだら遠い昔の「幻」ばかりとは、今の自分の後ろ向きさ加減を痛感させられる。もしや、と思って最初にワゴンに入れた『絵本』を見直すと、帯にはこんな文字が。
「まぼろしの写真詩集」
 うううう。仕方ない。だって、本当に欲しいんだから。それにしても、復刻=「幻」だってことがよくわかった。今日の自分の買い物ぶりから考えても、このままだと「幻」の方が現実よりも多い世界がやってくるんじゃないか。嬉しいけど不安だ。
 さらに店内を巡りながら、ワゴンに本を載せてゆく。

【5】『Less, but better』(Klatt, Jo)
【6】『NON PERDERE IL FILO』(Corraini)
【7】『TOKYO』(Aperture)
【8】『秘密のスクールデイズ  学校というフェティッシュ』(発行:アトリエサード/発売:書苑新社)

『Less, but better』『NON PERDERE IL FILO』『TOKYO』『秘密のスクールデイズ  学校というフェティッシュ』

ページトップへ

 どうだろう。ここまでで幾らくらいになったかな。そのとき、浜本さんが云った。
「普通の本ちっともみませんね」
 ちょっと動揺する。普通の本って、どんなのだろう。絵や写真がなくて活字が詰まってる奴のことか。そう云えば最近あんまり読んでないなあ、と思いながら、アリバイ的に詩歌コーナーに近づいてみる。と、こんな本を発見。

【9】『吉岡実句集 奴草』(書肆山田)

『吉岡実句集 奴草』

へえ、と思う。同じ作者の歌集『魚藍』はもってるけど、句集があったんだ。知らなかった。

ページトップへ

【10】『びっくり館の殺人』(講談社文庫)

『びっくり館の殺人』

最後に、文庫コーナーで『びっくり館の殺人』をピックアップ。館シリーズは全部読んでいるから。

ページトップへ

 ここで、浜本さんに計算して貰う。大体、3万円くらいらしい。買い過ぎだろうか。このあともう一軒回って、漫画を買うつもりだから心配だ。そのとき、店内にアナウンスが流れる。「ただいま円高還元セール中につき、洋書は2割引......」。おっと思う。それなら、なんとかいけそうか。足りなかったら自腹を切ればいい。レジで計算して貰った結果は28,724円だった。やった。  出口のエスカレーターに乗りながら、「7,000円の本が1,400円も安くなるんだ。すごいもんですね、2割引」と浜本さんが呟いたのが妙に印象的だった。確かに、10,000円の本が2,000円引きと思うよりリアルに感じる。

 それから、初体験の地下鉄副都心線に乗って紀伊國屋書店新宿南店へ。ここで買うべき本は心に決めてある。が、みつからない。どこにもない。嫌な予感。店員さんに尋ねてみる。
「あの、真鍋昌平の『THE END』は......」
「あ、あれは版元品切ですね」
 がーん、となる。それで今日の買い物が終了になる筈だったのだ。しかし、『闇金ウシジマくん』があんなに人気なのに、どうして品切なんてことがあるのか。今なら絶対売れるだろうに不思議だ。こんなに進化した資本主義のシステムにもまだ穴があるのか。それとも文庫化が進行中とか、別の理由があるのだろうか。
 仕方ない。気持ちを切り替えて、別の本を探すことにする。愛読中の『ハチワンダイバー』『喧嘩商売』『新宿スワン』のなかで、新刊が出ているものがあったらそれを買おう。

【11】『喧嘩商売 22』(講談社)

『喧嘩商売 22』

その結果、『喧嘩商売』の22巻を発見してそれを抜き出す。「ほむらさん、漫画になると突然趣味が演歌っぽくなるんですね」と浜本さん。そ、そうかな。これ、面白いですよ。

ページトップへ

【12】『テルマエ・ロマエ』(発売:エンターブレイン/発行:角川書店)

『テルマエ・ロマエ』

あともう一冊くらい買えそうだ。何にしよう。最後は未知の作家さんにしたいな。目の前の平台に『テルマエ・ロマエ』という本が積まれている。
「これ、面白いんですか」
「お奨めです!」
 店員さんのきっぱりした口調と本から漂ってくるオーラに惹かれて買ってみることにした。

ページトップへ

レジで計算して貰うと1,273円。さっきの28,724円を加えて、合計29,997円。おお、3円残った。

 本屋さんを出てから、私たちはスターバックスに寄った。私がソイ・ラテを頼むと、「それは何ですか」と浜本さん。「豆乳のラテです」「では、僕もそれを」。ふたりでソイ・ラテを飲みながら、今日の感想を話し合って今後の打ち合わせをする。それから店を出て、お疲れさまを云い合って解散。別れ際に、浜本さんが真顔で云った。「なかなかうまいもんですね、ソイ・ラテ」

図書カード使い放題?! トップ
ページトップへ