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第70回:小川哲さん

ブロッコリー作戦の行方
<プロフィール> 小川哲(おがわ・さとし)
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(2017年)が第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。『地図と拳』(2022年)で第13回山田風太郎賞、第168回直木賞を受賞。

購入書籍No.   123456789101112131415

【1】『フィールダー』(集英社)

『フィールダー』

 1階をざっと見たら本命の2階へ。2階は文芸書コーナーだ。ここでも自分の本がどこに置かれているかを確認しつつ、新刊を一通りチェックする。作家としてデビューする前は翻訳小説やSFコーナーに直行していたけれど、最近は一応国内作家も見ている。知り合いの新刊が出ていたりするからだ。そんな中で目に入ったのが古谷田奈月さんの『フィールダー』。信頼している読み手の複数が「面白い」と言っていた本。僕は同業者や書評家や書店員ごとに「この人が『面白い』と言ったとき、どれくらいの確率で面白いか」みたいな内部数値を設定している。その内部数値の合計数が一定値に達すると本を購入して読む。『フィールダー』は合計値を超えていたことを思い出して購入。こうやって本を買って、実際に面白かったかどうかによって内部数値を更新する、ということを何度も繰り返している。

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 ぶらぶらしていると、大森望帯の本を見かける。僕は「大森望帯一級鑑定士」の資格を持っているので、大森さんの推薦コメントを読めばどれくらい本気で推薦しているのかわかってしまう。しかし今回の本は判断が難しかったので様子見。

【2】『俺が公園でペリカンにした話』(光文社)

『俺が公園でペリカンにした話』

 すると、近くに一際目立つ装丁の本が。平山夢明さんの『俺が公園でペリカンにした話』だ。僕がその本の前で立っていると、隣にいた編集者が「坂野公一さんのデザインに違いない」と言う。僕は心の中で「坂野公一チャレンジ」をする。ルールは簡単だ。《坂野公一さんの装丁だと思った本を開き、装丁が坂野公一かどうか確認する。もし成功すればホッとする。失敗すれば右腕を切断する》。こうして「坂野公一チャレンジ」。そして成功。せっかくなので購入。

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【3】『記憶に残っていること』(新潮社)
【4】『アウグストゥス』(作品社)
【5】『話の終わり』(白水uブックス)

『記憶に残っていること』『アウグストゥス』『話の終わり』

 続いて翻訳本コーナーへ。こういう企画だと、普段なら買おうか迷ってしまう本を躊躇せずに買えるから嬉しい。堀江敏幸さんが編者の『記憶に残っていること』はクレストブックスの短編集から作品を集めた、オムニバス形式のベストアルバムである。昔はこういう本やアンソロジーをたくさん読んで、海外の若手作家の知識を入れていた。そのころを思い出しつつ購入。
『アウグストゥス』はジョン・ウィリアムズの中で唯一未読の作品で、これを読んでしまったらもう作品が残っていないのか......と考えて躊躇していた本。いつかかならず読むので、今買っておいていいだろう。購入。
 リディア・デイヴィスの『話の終わり』は、岸本さんが翻訳している本に外れがない、という雑な理由で購入。白水uブックスの判型で1,800円という値付けも、自信があるのかないのか意味がわからなくていい。

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【6】『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』(河出文庫)
【7】『優等生は探偵に向かない』(創元推理文庫)
【8】『NOVA〈2023年夏号〉』(河出文庫)
【9】『2016年の週刊文春』(光文社未来ライブラリー)

『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』『優等生は探偵に向かない』『NOVA〈2023年夏号〉』『2016年の週刊文春』

 続いて文庫本コーナーに。『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』は、「そういえばガルシア=マルケスの短編ってあんまり読んだことがないな」と思ったので購入。読んでいようが未読のままだろうが、こういう本を加えると本棚に締まりが出る。
 ホリー・ジャクソンの『優等生は探偵に向かない』は、シリーズ前作の『自由研究には向かない殺人』が面白かったことを思い出して購入。こういう、絶対に外さない本がカバンの中に1冊ないと落ち着かない。
 大森さんが編集している『NOVA〈2023年夏号〉』はすでに持っている気がしてしばらく迷ったけれど、2冊になったら誰かにプレゼントしようと割り切って購入(あとで確認したところ、家に1冊ありました)。自分が買った本かどうか忘れる、という現象は「本読みあるある」に入りますか?
 柳澤健さんの『2016年の週刊文春』は「どういう本なんだろう」と気になって手にとったとき、同行していた担当者がおすすめしていたので購入。編集者と一緒に仕事をする機会は多いけれど、週刊誌記者の日常については何も知らない。この本で少し勉強してみよう。

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【10】『時間は存在しない』(NHK出版)

『時間は存在しない』

 そこまで見たあたりで3階へ移動。3階は人文学書のコーナーで、僕は哲学思想書と歴史書を主にチェックする。気になったのはカルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』。ずいぶん強烈なタイトルだ。フランスの哲学者ベルクソンも「時間は存在しない」という主張をしており、「時間」を「純粋持続」と定義し直していたと記憶しているが、この本はどういうアプローチなのだろうか。僕は言葉の定義ゲームに一切興味はないのだが、一見して無茶苦茶な仮説をゴリ押しで正当化しようとする試み自体は大好きだ。楽しみな1冊。

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 3階は最近買った本も多く1冊購入で終えて、4階の児童書売り場を飛ばして5階と6階へ。自然科学コーナーで気になる本をたくさん見つけてしまう。

【11】『Newton別冊 最新宇宙大事典250』(ニュートンプレス)
【12】『ワンルームから宇宙をのぞく』(太田出版)
【13】『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』(早川書房)
【14】『Remember 記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章』(白揚社)
【15】『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』(講談社ブルーバックス)

『Newton別冊 最新宇宙大事典250』『ワンルームから宇宙をのぞく』『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』『Remember 記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章』『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

「Newton別冊 最新宇宙大事典250」は、事典形式で雑多な知識を与えてくれる本が好きなので迷わず購入。ベッドに寝転がりながらこういう本をパラパラめくって、自分が普段アクセスしない科学理論に触れたりすることが何よりの幸せ。
 久保勇貴さんの『ワンルームから宇宙をのぞく』は箸休め的な科学エッセイとして面白そうだったので購入。こうやって科学者のものの見方を自分の中にインストールしておくとSFを書くときに役立つ(かもしれない)。
 ランドール・マンローの『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』は、おバカな質問に対して真剣に答える、アメリカ版の空想科学読本。前作もめちゃくちゃ面白かったので購入。
 リサ・ジェノヴァの『Remember 記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章』は、今一度「記憶」について考えてみたいと思って購入。こういう、全人類と関係のある科学的事象について定期的に思考しておくことで、よりレンジの広いSFを書くことができるという理論、どうですかね。「記憶SF」誰か書いてください。
 ブライアン・グリーンの『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』は、以前この著者の本を読んで面白かったという記憶があるため購入。僕は他のどんな仕事をしているときよりも、宇宙について考えているときが一番楽しい。最近も、余った時間があると宇宙論の本ばかり読んでいる。しかし勉強すればするほど、小説のネタにはできなくなってくる不思議。この現象を「お仕事小説のジレンマ」と呼んでいます。

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 という感じで快調にカゴに本を積んでいったあたりでざっと暗算したところ、そろそろ規定の3万円くらいになったのではないかと思い、編集者に確認した。するとピッタリ3万円。さて、困ってしまった。なぜなら、僕はまだカゴの中に「フェイクブロッコリー」を入れていないからだ。
 ブロッコリーを買うためには、どれか1冊を本棚に戻さなければならない。しかし、一度カゴの中に入れた本は、すでに自分の本として認識してしまっていて、一旦預かったペットを返却するみたいな気持ちになってしまう。カゴの中の本たちが「あなたの家で飼って」と言っているような気がしてくる。ダメだ、僕にはそんな酷いことはできない。
 というわけで作戦は失敗。ブロッコリーはありません。これらは、正真正銘僕が買った本です。大事にします。

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