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第69回:佐藤厚志さん

職場を隈なくお買い物
<プロフィール> 佐藤厚志(さとう・あつし)
1982年宮城県仙台市生まれ。東北学院大学文学部英文学科卒業。仙台市在住、丸善 仙台アエル店勤務。2017年第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞。2020年第3回仙台短編文学賞大賞を「境界の円居(まどい)」で受賞。2021年「象の皮膚」が第34回三島由紀夫賞候補。2023年「荒地の家族」で第168回芥川龍之介賞を受賞。これまでの著作に『象の皮膚』『荒地の家族』(新潮社刊)がある。

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【1】『諏訪敦作品集 眼窩裏の火事』(美術出版社)

『諏訪敦作品集 眼窩裏の火事』

 3万円分の図書カードである。いきなりバカみたいに「わあい」と芸術書棚へ直行して「眼窩裏の火事」に飛びつく。府中市美術館で開催していた諏訪敦の展覧会で、かつてNHKのドキュメンタリー番組で知った「HARBIN 1945 WINTER」にやっと出会えた。これはその図録だ。

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 次は何といっても海外文学。翻訳小説は高額なので好きな作家の新刊が出ても指をくわえてみていることが多い。背表紙を眺める。例えばリチャード・パワーズ著「黄金虫変奏曲」5,720円。マルカム・ラウリー編集「ポータブル・フォークナー」6,490円。いかんいかん、こんなの買っていたらすぐに3万円に達して企画がただちに終了する。それにレポートも短いものしか書けないじゃないか。

【2】『ホワイトノイズ』(水声社)

『ホワイトノイズ』

 反対側のフェア棚では「私が選ぶ国書刊行会の3冊」なんてやっている。ゼミの担任だった植松靖夫先生がジェローム・K・ジェローム著「骸骨」を薦めているがこれはすでに買った。迷って切りがないので映画化で話題の「ホワイトノイズ」で手を打つ。これだって3,300円だからバカにできない価格だ。

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 ここまでですでに1万円近く使ってしまった。バランスを考え、予算を抑えるために文庫コーナーへ。文庫は毎月大量に出るので、選球眼ならぬ選書眼が問われる。タイトルだけで衝動買いすると失敗する。だからまあ好きな作家を買えば間違いない。

【3】『郵便局』(光文社古典新訳文庫)
【4】『テュルリュパン ある運命の話』(ちくま文庫)
【5】『怠惰の美徳』(中公文庫)

『郵便局』『テュルリュパン ある運命の話』『怠惰の美徳』

 文庫もやはり海外文学から。光文社古典新訳文庫の棚では「待ってました」という新訳が時々見つかる。ここでツバをつけていたブコウスキーをピックアップ。ツバをつけるのは心の中でね。なんせ、本にガムをつけて帰る迷惑な輩がいる。「ポスト・オフィス」は学習研究社版と幻冬舎アウトロー文庫版で邦訳が出ていたが、絶版のため中古市場で高額で取引されている。この度「郵便局」として新訳が登場。ブコウスキーは自伝的要素が強いほどいい。これは処女作というから期待できる。
 隣のちくま文庫も背表紙を眺めているだけで楽しい。娯楽性のある小説が読みたくて「テュルリュパン ある運命の話」を選ぶ。レオ・ペルッツは歴史を幻想的な手法で再構築する作家。白水uブックスの「第三の魔弾」は根強い人気で棚差しで定期的に売れている。
 そのまま壁沿いの平積みを見ながら中公文庫へ。中公文庫は安岡章太郎や深沢七郎など僕にとってツボである作家のエッセイが充実。戦中・戦後の作家で誰が好きかといえば梅崎春生をあげる。新版が出れば買って読む。梅崎のエッセイを読む機会がなかったので「怠惰の美徳」を読もう。これもよく売れていて、文庫担当が平積みをキープして推している。

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【6】『ぼくのミステリ・マップ 推理評論・エッセイ集成』(中公文庫)
【7】『章説 トキワ荘の青春』(中公文庫)
【8】『ベッドタイムアイズ/指の戯れ/ジェシーの背骨』(新潮文庫)

『ぼくのミステリ・マップ 推理評論・エッセイ集成』『章説 トキワ荘の青春』『ベッドタイムアイズ/指の戯れ/ジェシーの背骨』

 もうひとつ平積みで目にとまったのは田村隆一の「ぼくのミステリ・マップ 推理評論・エッセイ集成」。詩集「腐敗性物質」を机の手の届く所に置いてある。早川書房のミステリ編集者としての側面をよく知らないので楽しみだ。
 もう少し文庫で冊数を稼ごうと棚を眺めていると「章説 トキワ荘の青春」が目にとまる。石ノ森は宮城県出身で親しみがある。ゴッホの黄色い家じゃないが、どこかに売れない芸術家が集まって腕を磨くという環境に憧れていた。でもゴッホみたいに耳を切り落とすようなことになったら嫌だな。トキワ荘関連の本はたくさんあるが、やはりエースだった石ノ森の本で巨匠たちの青春を体験するのがいいだろう。
 移動する前に新潮文庫の「ベッドタイムアイズ」を確保。作家兼書店員が珍しいということでフジテレビが取材にきた際、宮司アナウンサーに薦められた。読書家である宮司さんに「荒地の家族」の書評を書いて頂いたのを各方面に自慢している。また、芥川賞贈呈式の際、山田詠美さんにお目にかかった。伝説上の人物と思っていた芥川賞選考委員を前に、緊張でまともに口がきけなかった。後で編集者を通じて直筆の祝辞を頂いて感動した。

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【9】『時の旅人』(岩波少年文庫)

『時の旅人』

 文庫本はこれくらいにして児童書へ。僕にとって岩波少年文庫の代表作は「トムは真夜中の庭で」であり、誰にでも薦めてきた。そこで今回はタイトルからして同じタイムリープの気配が濃厚な「時の旅人」をチョイス。

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【10】『ババウ』(東宣出版)
【11】『壁の向こうへ続く道』(文遊社)

『ババウ』『壁の向こうへ続く道』

 文庫棚でだいぶ予算を節約したので、再び海外文学の棚へ戻る。ブッツァーティの短編集「ババウ」を買い物カゴに入れる。その横の「ブッツァーティのジロ帯同記」も欲しかったが、同じ著者の本を2冊買うのは芸がないので自重。
 そこでふと編集プロダクション「荒蝦夷」の土方正志さんに教えられた「壁の向こうへ続く道」を思い出した。現在新聞連載小説で土方さんに世話になっている。連載小説は団地が舞台で子供が主人公なのだが、ジャクスンのデビュー作でもある本作と世界観が似ているらしい。ジャクスンらしい怪奇は鳴りを潜め、子供目線の日常が淡々と描かれているという。パラパラめくるとなんか登場人物が多くて読みづらそうだが、チャレンジしてみるか。

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 段々、予算が限られてきた。

【12】『直木賞をとれなかった名作たち』(筑摩書房)

『直木賞をとれなかった名作たち』

 文芸コーナーの一角、評論の棚へ移動し、小谷野敦さんの「直木賞をとれなかった名作たち」を手に取る。直木賞と聞いて縁がないと思ったが、目次に親しみ深い作家の名が並ぶ。2009年に出た佐伯一麦さんの「芥川賞を取らなかった名作たち」という本はよかった。これも小谷野さんだからおもしろいだろう。

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 いけない。好きな棚ばかり巡っている。読書は知らないことを知る営み。明るくない分野こそ踏み入るべきだ。そう思って日本史、世界史の棚へ移動し、年表などをペラペラめくってみる。興味深い。肥沃な知識が広がっている。手に取った本を戻して「やはり歴史は今度時間がある時にしよう」と向かいの理工書を向く。
 そこで建築知識バックナンバーフェアを展開中だ。その中に「作家の住まいと暮らし詳説絵巻」という特集を発見。欲しくなったが、この企画は雑誌を買っていいんだっけ。いやあ、それにしても隅々まで見てみるものだ。縁のない棚を敬遠するのは損である。仕事中は担当の雑誌コーナーか事務所にいるので他ジャンルの話題書やフェアをけっこう見逃す。どんな本屋でも一巡りすれば必ずいい本に出会う。ご来店お待ちしています。なんて独白はさておき振り出しの芸術書の棚へ戻ろう。

【13】『ショットとは何か』(講談社)
【14】『オーデュボンの鳥  『アメリカの鳥類』セレクション』(新評論)

『ショットとは何か』『オーデュボンの鳥  『アメリカの鳥類』セレクション』

 映画に目がないので「ショットとは何か」を。映画制作者の視点からの分析もあるのかな、とタイトルから想像する。映画は創作の栄養源なので小説執筆にも役立ちそうだ。しかしひとつ気になる。第一章からどうしてメディア化されていない「殺し屋ネルソン」を取りあげるのかしら。どこで観ればいいんですか。たぶん読者諸君は内容よりも蓮實さんの文章を読みたいのでしょう、と納得。
 同じ芸術書の絵画の棚へ移動。最初に諏訪さんの画集を選んだので図鑑という側面が強い「オーデュボンの鳥 『アメリカの鳥類』セレクション」を選んだ。シュリンクしてあって立ち読みできなかったが、東北大学出版会の小林直之さんが薦めていたので間違いあるまい。小林さんは僕と違って歴史書から理工書まで幅広く読んで書評する。

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 あと2千円ちょっと予算が残った。
 翻訳小説を1冊買うか、文庫を2冊買うか迷う。しかしハードカバーを2千円では買えまい。それに文庫本だって最近は値上がりして値段に驚くこともしばしば。分厚い文庫ならあと1冊、というところか。

【15】『ドイツ怪談集』(河出文庫)
【16】『灯台へ』(岩波文庫)

『ドイツ怪談集』『灯台へ』

 ここからは価格をチェックしながら選書する。以前、創元推理文庫の「怪奇小説傑作集」を集めていたが、全5巻の内「ドイツ・ロシア編」だけ手に入らなかった。例によって中古市場で高騰している。熱心なコレクターではないので、古本に1万円も2万円も出せない。代替というわけではないが、河出文庫の「ドイツ怪談集」を買って満足するしかあるまい。
 もう1冊買えそうだ。最後は岩波文庫の「灯台へ」にしよう。英文科を出てウルフの代表作を読んでいないのか、と怒られそうだからこっそり買う。それにしても英単語がわからないと「え、英文科なのに」と笑われることがある。最近はちょっとしたことを知らないと「え、作家先生なのに」とか「おーい、大丈夫か」なんて言われる。知らないものは知らないよ!

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 脱線したが、これで16冊、29,975円。ニアピンだ。家に帰ると河出世界文学全集の「灯台へ」が書棚にある。ああ、またやっちゃった。積ん読なんて便利な言葉だが、早く読まないとこんなことになる。そうそう、読み比べなんていいじゃないか。初めからそのつもりだったの。なんつって。

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