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第68回:阿津川辰海さん

国書税から予定外の本まで
<プロフィール> 阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
1994年、東京都生まれ。東京大学卒。作家。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」から『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。『透明人間は密室に潜む』が「2021本格ミステリ・ベスト10」国内ランキング1位のほか、ランキングを席巻。最新刊は『録音された誘拐』『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る』。ジャーロのサイト上にて「阿津川辰海・読書日記」を連載中。

購入書籍No.   12345678910111213141516

【1】『迷宮遊覧飛行』(国書刊行会)

『迷宮遊覧飛行』

書店に入ると、1階入り口ですぐさま山尾悠子『迷宮遊覧飛行』(国書刊行会)に迎えられました。入り口すぐ右手の、一番目立つところに、大パネルも使っての展示です。『夢の棲む街』『仮面物語』などなど大好きな作家で、しかもサイン本なので買わない手はない! 「当店の売り上げランキングの2位」だというのだから、東京堂に来るのはやめられない。ここでしか見られない景色があります。それにしても、まさか入店した瞬間に国書税を納めることになるとは......。

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【2】『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』(新潮社)

『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』

 東京堂書店は3階にハードカバーが揃っているので、ひとまずそこから攻めるとしてエスカレーターを上がっていきます。すると2階で「日本映画の頂点 この大映映画を見よ」というフェア棚に出迎えられる。こういうフェア棚を見るのが、リアル書店の愉しみです。大学時代、サークルの先輩に「予定にない本、守備範囲じゃない本を買ってこそ本屋だろ」と言われたことがあって、今でもそこそこ影響を受けています。というわけで、この棚からポール・アンドラ『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』(新潮社)を購入。黒澤映画は大学の頃友人に誘われ、2016年の「午前十時の映画祭」で「七人の侍」の4Kデジタルリマスター版を鑑賞したことがあり、あまりに凄くて震えていました。これを機会に深めてみたいかも。

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【3】『夜光虫』(角川文庫)
【4】『僕は珈琲』(光文社)
【5】『小さな手袋/珈琲挽き』(みすず書房)

『夜光虫』『僕は珈琲』『小さな手袋/珈琲挽き』

 3階へ。ここでもいきなりフェア棚に二つぶつかる。一つは「香港書展 少年たちの時代革命」。並んでいる華文ミステリーは全て既読だったので、馳星周『夜光虫』(角川文庫)をセレクト。以前から大好きな作家ですが、最近再文庫化した『煉獄の使徒』を読んで衝撃を受け、未読作を丹念に潰しているところでした。もう一つは最新刊『僕は珈琲』(光文社)を出した片岡義男のフェア棚で、これがその時の「当店の売り上げランキングの1位」。これもサイン本だったので、迷わず購入。高校の頃に『ミス・リグビーの幸福』を読んで以来のファンです。こちらのフェア棚には『僕は珈琲』のタイトルにあやかってか、珈琲関連の本や、タイトルに珈琲が入っている本が集まっていて、そこからもう1冊選んだのが小沼丹『小さな手袋/珈琲挽き』(みすず書房)。去年中公文庫から刊行された『古い画の家』の文体がとても好きだったので、このエッセイを読むのも楽しみ。高校の頃に『黒いハンカチ』を読んだ時は全然響かなかったのに、年を取って趣味が変わってきたもんだ。

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【6】『探偵小説の黄金時代』(国書刊行会)

『探偵小説の黄金時代』

 そして3階の個人的メインである海外文学・ミステリー・SF棚へ。ポケミスや国書の「未来の文学」、あるいはトマス・ピンチョンが並んでいる光景を見るだけで人は幸せになれる。ここだけで3万円が一瞬で消し飛びそうなのですが、悩みに悩んでマーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』(国書刊行会)をセレクト。5年前に邦訳刊行されている評論・評伝書なのですが、エドワーズの小説は当時邦訳が未刊行で、今年いよいよ早川書房から『Gallows Court』が刊行されるらしいので、これを機に買っておきたい。評論と実作を比べて色々考えるのが好きです。法月綸太郎や笠井潔、都筑道夫にハマったキッカケもこれでした。マーティン・エドワーズ、ハマれるといいな。また国書税を納入してしまった。

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【7】『玉藻の前』(中公文庫)

『玉藻の前』

 ここらで文庫が見たくなったので、エレベーターで1階に移動。正面にすぐさま見えたのは、「昭和の探偵小説」をセレクトした棚。江戸川乱歩や横溝正史はもちろん、高木彬光、中井英夫などなどが並んでいる。なんて魅惑的な棚なんだ。ここからは岡本綺堂『玉藻の前』(中公文庫)を購入。高校の頃に『半七捕物帳』にハマれなかった時以来、ちょっと敬遠していたのが、双葉社から出た『岡本綺堂 怪談文芸名作集』を読んで大ハマりしてしまい、綺堂の怪談作品から潰していこうと思っていたのでした。

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【8】『赤い館の秘密』(創元推理文庫)

『赤い館の秘密』

 次に東京創元社の文庫を見る。ここからは新訳版のA・A・ミルン、『赤い館の秘密』(創元推理文庫)を購入。『クマのプーさん』で知られる作者の本格ミステリーですが、実はこれ、中学生で有名な海外古典ミステリーをあらかた読み尽くした時に、既に読んでいる本です。じゃあなぜ今? というと、この夏邦訳されるピーター・スワンソンの新作『Eight Perfect Murders』が理由です。作中の人物が「最も才気に溢れ、最も独創的で、最も確実性の高い殺人」として八つのミステリーのタイトルを挙げ、それが趣向となっているという作品とのことで、この「八つ」の中に『赤い館の秘密』があるのです(他にはフランシス・アイルズ『殺意』、パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』など)。『赤い館~』は、残念ながら内容をほとんど覚えていないので、読み直すなら今だろうと思ったわけです。

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【9】『『新青年』名作コレクション』(ちくま文庫)

『新青年』名作コレクション』

 ちくま文庫の棚は、見ていると時間を無限に吸われる棚です。ここからは『『新青年』名作コレクション』(ちくま文庫)をセレクト。家に角川文庫の『新青年傑作選』も光文社文庫の『「新青年」傑作選』もあるのに、どんだけ買うんだよという話なのですが、パッと目次を開いた時の、セレクトの渋さに惹かれて買うことに。

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【10】『サラゴサ手稿』上中下(岩波文庫)
【11】『破れた繭 耳の物語1』(岩波文庫)
【12】『夜と陽炎 耳の物語2』(岩波文庫)

『サラゴサ手稿』上中下『破れた繭 耳の物語1』『夜と陽炎 耳の物語2』

 見ていると時間を無限に吸われるといえば、岩波文庫の棚もそうです。とりあえず平台から新刊のヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』〈上中下〉(岩波文庫)を購入。これは買う。そりゃあ買う。実のところ工藤幸雄訳の国書刊行会版は持っていますが、今回は初の完訳が目玉なので、買わざるを得ないのです。中学でミステリーばかり読むようになる前は、岩波文庫でディケンズやトルストイなど、何巻もある世界文学を読むのが好きだったので、少年のような心で読めそうです。更に、目を皿にして棚を見ていると、開高健『破れた繭 耳の物語1』『夜と陽炎 耳の物語2』(岩波文庫)が目に留まる。数年前、会社からの仕事帰りに東京堂書店を訪れた時に、ふとフェア棚にあるのが目に留まって買った岩波文庫の『開高健短篇選』があまりに面白かったので、これも東京堂との縁だと思い、2冊とも購入しました。「予定にない本を買え」という先輩の教えが生きたかも。

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【13】『歌おう、感電するほどの喜びを!』(ハヤカワ文庫SF)
【14】『万華鏡 ブラッドベリ自選傑作集』(創元SF文庫)

『歌おう、感電するほどの喜びを!』『万華鏡 ブラッドベリ自選傑作集』

 ハヤカワ文庫の棚では、レイ・ブラッドベリ『歌おう、感電するほどの喜びを!』(ハヤカワ文庫SF)と目が合った。好きなSF作家ベスト3に入る作家ですが、新版は持っていないし、ブラッドベリの作品は、たまに無性に読みたくなることがあります。今がそれです。よし、買おうとカゴに突っ込んだ直後、「ブラッドベリならあれも買おう!」と東京創元社の棚に戻り、『万華鏡 ブラッドベリ自選傑作集』(創元SF文庫)も併せて購入。サンリオSF文庫版を持っているせいで買わずにいたのですが、今の「ブラッドベリ欲」を満たすにはうってつけ。ベスト3、ノリで言ったけど、本当に挙げるならあと2人はバリントン・J・ベイリーとジーン・ウルフかな。

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【15】『ひとごろし』(ハヤカワ文庫SF)

『ひとごろし』

 もう3万円? と悩みつつ、ふと思い出してスマートフォンのメモ帳を開く。評論書やガイド本を読んでいる時に、「これ読みたい!」と思った本をまとめたリストが入っています。すると、米澤穂信『米澤屋書店』を読んだ時にメモった山本周五郎『ひとごろし』の書名を発見。これは短編集で、表題作の「ひとごろし」が、米澤さんが好きな短編として挙げた十作の中に入っているのです。この短編リスト、陳舜臣「方壺園」とか南條範夫「無惨や二郎信康」とか、私も好きな短編がたくさん挙がっていて、未読は「ひとごろし」だけという状態だったので、ぜひとも読みたいと思っていたのでした。

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【16】『書評稼業四十年』(新潮文庫)

『書評稼業四十年』

 さあここまでくれば3万円だろう、と思ってレジに並びかけたところ、レジ横に「本の雑誌」フェアが展開されているのを発見。あっ、と目に飛び込んできたのは、北上次郎『書評稼業四十年』(本の雑誌社)。この日の一週間ほど前、目黒考二さん=北上次郎さんの訃報に接し、驚いたばかりでした。『冒険小説論』『新刊めったくたガイド大全』『勝手に! 文庫解説』などを読むたびに、読みたい本が増え、読む幅が広がり、そのおかげで、この原稿でも垣間見えたような「なんでも読むミステリー好き」が出来上がったと思っています。何より、編集者にも引かれるほど本を読んでいる、読んでしまう現状を憂うたびに、北上さんの生き様を見て、密かに勇気づけられていました。こんなに凄い人がいるんだから、自分なんて、もっと読んだっていいくらいだ、と。この企画の最後に買うのに、これ以上ふさわしい本はないと思い、感謝の気持ちを込めて、購入を決定。

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 というわけでお会計。全18冊、会計は......32,307円。うーん、見事にオーバー。いっそ清々しいほどですね。持って帰るのは大変だけど、山男スタイルで持てば帰れるかなあと思っていたら、自宅に配送してくれるというので喜んでお願いする。身軽になって町に放たれた私は、中高時代からよく散歩していた九段下~神保町~秋葉原の散歩ルートをてくてく辿り、その頃には買った本のことをすっかり忘れ(え?)、秋葉原で別の書店に入り(は?)、「おお、こんな本も出ているのか」と普通に買い物を始めてしまったとさ(めでたしめでたし?)。

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