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第56回:村田沙耶香さん

桃色の箱の誘惑
<プロフィール> 村田沙耶香(むらた・さやか)
 1979年千葉県生まれ。2003年「授乳」で群像新人文学賞優秀作、09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。他の小説に『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』『生命式』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』など、またエッセイに『きれいなシワの作り方 淑女の思春期病』『私が食べた本』などがある。

購入書籍No.   123456

【1】『Alice's Adventures in Wonderland / Through the Looking-Glass』(Penguin Classics)

『Alice's Adventures in Wonderland / Through the Looking-Glass』

『Alice's Adventures in Wonderland / Through the Looking-Glass』
 装丁を眺めているだけで楽しい気持ちで歩き回りながら、特に可愛らしい1冊を手に取った。実は、英語のレッスンで使ったテキストのうち1冊は、優しい英語で書かれた『鏡の国のアリス』なのだった。
 私が読んだものとは(不思議の国のアリスも一緒になっているとはいえ)厚さがまったく違うので少し怖気づいたが、素敵な表紙を見ていたらきっと大丈夫という気がして、買ってみることにした。

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【2】『The First Bad Man』(Canongate Books)

『The First Bad Man』

『The First Bad Man』
 洋書は1冊だけのつもりだったが、こちらも気になってつい手に取った。実は、ミランダ・ジュライの『No one belongs here more than you』にも英会話でチャレンジしたことがあり、1つの短編から永遠に抜け出すことができなくなって、「よし、違う本にしよう」と先生に言われた苦い思い出があるのだった。
『最初の悪い男』だってきっと、私にとってはとんでもなく難しいに違いないが、とても好きな小説だ。今度こそ、と思って、2冊目はこの本にした。

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【3】『Ayako』(Vertical)

『Ayako』

『Ayako』
 違うフロアに行くぞ、と思ったのだが、洋書のコーナーがあまりに素敵なので、ついもう一周、と歩き回ってしまった。
「すみません、あの、もうちょっとだけ見たくて、すみません」
 誰かと本屋さんに来るのに慣れていないのでつい謝ってしまったが、松村さんも、付き添いに来てくださった編集さんも、にこにこと見守ってくれている。
「あ、こっちは漫画だ」
 急に本棚の雰囲気が変わり、そこは漫画のコーナーだった。日本の漫画が沢山英語になって並んでいる。
「奇子だ」
 手塚治虫の作品の棚の前で、1冊を手に取った。ついこの前、手塚治虫が自分のつくったキャラクターに囲まれている画像を友達に送り、「こんなふうに自分のつくったキャラクターに囲まれる絵って素敵だけれど、私は自分が書いた登場人物に囲まれるの、なんか嫌だ、怖い人ばっかりだし」とメッセージを添えて笑われていたところだった。しばらくして、友達から、「奇子がいない!」という返信が飛んできた。画像をよく見ると、確かに奇子はいなかった。これを描いた人も、なんか、奇子に囲まれるのは手塚治虫さんも嫌なんじゃないかな、と思ったのかもしれなかった。
 奇子は高校生の時に読んで衝撃を受け、友達に貸したら「エロ本だったね」と言われてさらにびっくりしたという、奇妙に思い出深い一冊だ。ページを捲ると、奇子たちが英語でしゃべっている。なんだか気になり、こういう機会でもなければ絶対出会わなかった本なので、つい籠に入れた。

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【4】『コリンズ英英大辞典 (改訂第13版)』(桐原書店)

『コリンズ英英大辞典 (改訂第13版)』

『コリンズ英英大辞典(改訂第13版)』
 今日はなるべくノープランを心がけていたが、唯一買うものをはっきり決めていて、それは英英辞典だった。英語ができないのに英語のことばかり考えているようで恥ずかしいが、単語を調べるとき、英英辞典のほうがわかるときがあって、アプリを使っていたのだが、英英辞典は人気がないらしく、他の辞書と融合されてよくわからない総合的な辞書アプリにアップデートされてしまい、ちょっと困っていたのだ。本格的な英英辞典が1冊欲しいなあ、と思っていたのだった。
 辞書のフロアに行って英英辞典のコーナーにいき、どでかい本があるのにびっくりした。
 みてみると、種類がすごい。手軽に持ち歩けそうなものもあったが、3万円あるのだからとつい欲張って、大きな辞書を手に取った。
 捲ると、新品の辞書の匂い(懐かしい)に、英語の渦。わー、使いこなせるわけがない、と思ったが、知っている単語が英語でどのように説明されているのか気になって、つい熱中して単語を探してしまう。(しかし、英語の説明文は、私の英語力ではさっぱりわからなかったりする。)使うのか?ほんとに?と思ったが、眺めているだけで楽しいので、買ってみることにした。英語の先生に見つかったら、「ちょ、ちょ、サヤカ、無理無理」と言われてしまうかもしれないが、なんだかわくわくしてしまったのだった。

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【5】『わかりやすいパーソナリティ心理学』(サイエンス社)

『わかりやすいパーソナリティ心理学』

『わかりやすいパーソナリティ心理学』
 大学受験のとき、私はぎりぎりまで心理学科を受けようとしていた。その未練があるのか、たまに心理学の棚が見たくなる。憧れのような気持ちを、ずっと持っているのかもしれない。
 大学のとき、何冊かの心理学の本に救われた。もっと専門的な本も読んでみたいと思うが、難しすぎたり、なんとなく偏っているような気がしたりで、選ぶのが難しい。
 たまたまページを捲ったら、今書いている小説の主人公に通じるようなことが書いてあって気になり、買ってみることにした。イラストなどで説明してあり、言葉も専門的すぎず、これなら最後まで読めそうな気がした。

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【6】『源氏物語』限定箱入り(全三巻セット)(河出書房新社)

『源氏物語』限定箱入り(全三巻セット)

『源氏物語』限定箱入り(全3巻セット)
 やっと文芸の棚に来て、小説を買い漁るぞと思ったのだが、ふと、奥の棚の大きな桃色の箱が目に留まった。
 角田光代さん訳の源氏物語。買おうと思っていた本だ。しかも、素敵な箱に入っている。
「これ......を、急に買う人間について、どう思いますか」
 なんだか図々しい気がして聞いてみたのだが、「わー、源氏物語!」とみなさんがうれしそうに声をあげた。
 計算すると、どういうめぐりあわせか、これでほぼ3万円になるという。
 これも何かの運命な気がして、箱入りを買うことに決めた。

 私は、少なくとも一冊の本を買って読むとき、2度出会うと思っている。最初は本屋さんで。2度目は、家に持ち帰ったとき、袋から取り出して。そのままつい本棚に入れっぱなしにしてしまったりすると、3度目、4度目、と同じ本と何度も出会うことになるが、そのたびに感動してしまう。
 家で本を取り出すと、本屋さんで会ったときと違う匂いがするように感じる。部屋の温度や自分の体温と混ざっているのだろうか。本を家へ持ち帰るまで(今回は配送にしてもらったので、家に届くまで)の時間は僅かなのに、実際に本を手に取って、「こんなに大きかったっけ」とか、「こんなインクの色だったっけ」などと不思議に思うことがある。
 このエッセイを、一冊一冊を捲り、嗅ぎ、撫でながら書いた。まだデスクの上に大切に並べられているこの本が、たとえば10年後、どんな色になって、どんな匂いがするか想像するだけで、嬉しくなるのである。

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