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第52回:横山秀夫さん

宇宙と庭造り
<プロフィール> 横山秀夫(よこやま・ひでお)
1957年東京生まれ。新聞記者、フリーライターを経て、1998年「陰の季節」で松本清張賞を受賞し、作家デビュー。2000年「動機」で日本推理作家協会賞受賞。以降、『半落ち』、『第三の時効』、『クライマーズ・ハイ』、『看守眼』など話題作を連打する。2012年刊行の『64』は英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー最終候補やドイツ・ミステリー大賞海外部門第1位にも選ばれた。『ノースライト』は作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー。

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【1】『NHKテレビおもてなしの基礎英語』7月号(NHK出版)

『NHKテレビおもてなしの基礎英語』

 さっそく始めましょうか。えっと、雑誌とかテキストなんかもOK?
 じゃあ、まずはこれ、「おもてなしの基礎英語」の7月号。ご存じNHK十分問英語のテキストです、テレビのほうの。ドラマ仕立てで会話がメインの番組ですね。かれこれ二年近く毎日欠かさず視聴してます。「64」がほうぼうの国で翻訳出版されて、海外の版元や文学フェスに呼ばれるようになったんですが、私、高校卒業以来、ハローとサンキューすらまともに口にしたことがなくて。案の定というか、現地ではおどおどしっぱなしで誰ともコミットできず、しかしまあ、還暦過ぎての海外デビューだから仕方ないかって諦め半分放っていたんですよ。ところが転機がね。おととしの香港のフェスで川上弘美さんと初めてお会いして、一緒に夕食会に出席したんですが、川上さん、他の国の作家さんたちに英語でペラペラ話し掛けて、たちまち打ち解けて、昔から英語が堪能だったのかと思いきや、聞けば海外に招かれるようになってから勉強を始められたとのこと。背筋がピンと伸びました。で、川上さんに続けとばかり、帰国してすぐテレビ英語を始めた次第です。だったら英会話教室に通えよって話でしょうけど、そこはほら、気が小さいものだから。最近じゃ開き直って、十分間英語だけで果たしてどこまで上達するか、自分を実験台にして楽しんでます。

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【2】『天文ガイド 8月号』(誠文堂新光社)
【3】『Newton別冊 超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式』(ニュートンプレス)

『天文ガイド 8月号』『Newton別冊 超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式』

 はい、お次は「天文ガイド」の8月号。子供の頃は毎号欠かさず読んでいて、大人になってからも書店に寄ると必ず手に取ります。読者コーナーに自分で撮った土星や木星の写真を送ったりしてたけど、一度も採用されなかったなあ。あ、これも買おう。「Newton別冊」。内容がすごいもの、「超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式」ですって。天文マニア認定を受けそうですが、いや実際、今でもたまに天体望遠鏡を担ぎ出して覗いたりしますけど、ただもうね、この分野の本を読む動機は、好きだからとかロマンがどうとかって話じゃなくて、縮まることのない自分と宇宙の距離を誤魔化すための方便というか、精神安定剤のようなものなんですよ。なんて言ったらいいのかなあ、62年生きてきて、日本人の自覚はあるし、ちょっと怪しいけれど地球人だとも思う。でも自分が宇宙人だと感じたことはただの一度もないんですね。宇宙の一員であることは紛れもない事実なのに、アポロが月に行こうが、流星群が降ろうが、皆既日食を何回見ようが、自分と宇宙は繋がらない。ビッグバンも相対性理論も私には単なる情報でしかなくて、宇宙は今も観念にほど近い「とある存在」のままです。仕事の話にこじつければ、だから人の内面のほうに気持ちが向くのかな。きりも果てもないという意味では宇宙と同じだから、ロケットも電波望遠鏡もなしに探索できるそっちをとことんやるしかあるまい、って。でも死ぬまでにベテルギウスの超新星爆発だけは見たいなあ。比類なき美しさを湛えるあのオリオン座で大事件が勃発して、その一部始終を目撃したら、ひょっとして宇宙の一部になれるかも。

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【4】『園芸家12カ月』(中公文庫)

『園芸家12カ月』

 あれ、ヘッセの「庭仕事の愉しみ」がないな。愛読書なんですよ。「愉しみ」と謳っておきながら、花苗の仕込みが間に合わないよー、とかね、結構イライラしたり焦ったりしてるところが微笑ましくて。もちろん庭仕事を通してヘッセの深い思索も堪能できる一冊です。持ち歩いているうちになくしてしまって、買い直そうと思ったんですが。じゃあ、代わりと言ってはなんですが、カレル・チャペックの「園芸家12カ月」を。帯に本文の抜き書きがありますよ。「ほんとうの園芸は牧歌的な、世捨て人のやることだ、などと想像する者がいたら、とんでもないまちがいだ。やむにやまれぬ一つの情熱だ」。わかるなあ。実は私も十年ぐらい前から庭造りをしているんですよ。きっかけはスランプで、「64」を改稿していた時期に記憶障害みたいな状態に陥って、主人公の名前すら思い出せなくなってしまった。そんなんじゃ、机にかじりついていても一行も書けないので、仕方なく庭に出て草むしりをしていたんですよ。もともと古い車を走らせるのが趣味で、気分転換ならそっちのほうが良さそうなんだけど、原稿を抱えている時に外出すると敵前逃亡的な罪悪感がすごくて。その点、庭は戸外だけど敷地内だからぎりぎりセーフなんですね。それでひたすら雑草を抜いていた。結構広い庭なので、毎日エリアを決めて抜くんだけど、端まで終わったころには、最初に抜いたエリアに生えている。今から思うと、そのエンドレスなところにハマったんですね。草むしりだけでなく、かみさんが買ってきた草花を植えたり育てたり、そのうち庭全体を管理するようになり、気がつけば庭師に弟子入りできそうなスキルを獲得していた。けれど何年やっても、どんなに手を掛けても庭は完成することがありません。植物や虫や鳥や我々人間も含め、生き物たちが織りなす総合芸術ですからね。天候にも敏感に反応し、たった今、完成したと思った瞬間から変化が始まっているんですよ。ただ、完成してないから誰にも見せられないと頑なに来客を拒む園芸愛好家は私ぐらいかな。仕事もそう、よほどのことがない限り、完成してない原稿を人に見せたりしませんから。

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【5】『さよならの儀式』(河出書房新社)
【6】『クジラアタマの王様』(NHK出版)
【7】『真夏の雷管』(ハルキ文庫)
【8】『三体』(早川書房)
【9】『ディオゲネス変奏曲』(ハヤカワ・ミステリ)

『さよならの儀式』『クジラアタマの王様』『真夏の雷管』『三体』『ディオゲネス変奏曲』

 あ、宮部さんと伊坂さんの新刊が並んでる。お二人の新刊は見つけるとノータイムで買い物カゴに入れますね。佐々木さんの文庫の新刊も出てる。買います。昔からのファンなので。えっ? 「三体」も買え? ここでまさかの編集者推しですか。ようがす、買いましょ。SFも好きですから。でも同じ華文系なら「13・67」で香港の現代史と本格推理を見事に融合してみせた陳浩基さんを追い掛けたいですね。ほら、新刊出てますよ。「ディオゲネス変奏曲」。自薦短編集なんですね。これは楽しみ。でも香港の今はちょっと心配。

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【10】『新版 ナチズムとユダヤ人 アイヒマンの人間像』(角川新書)

『新版 ナチズムとユダヤ人』

 さてと、「新版 ナチズムとユダヤ人」。アイヒマン裁判モノですね。旧版は既読だと思うのですが、アイヒマンが内包する「凡庸で従順な悪魔」は、振れ幅なく私の心に定着しているので、読んだのが別の本だったとしても驚きません。昔、神田神保町に母方の実家があって、子供時代の週末は三省堂や古書店街を遊び場にしてました。そこでうっかり手にしてしまったのがナチスのホロコースト本でね、以来、かなりの数の関連書を読んできました。作家になる時、「自分はあらゆる犯罪をしでかす可能性のある人間だ」と認めることから始めましたが、それだけにホロコースト本は飛蚊症のように視界にちらつきます。映画も観ますよ。最近だと「サウルの息子」。主人公の周囲をぼかす映像表現に衝撃を受けました。残酷さを隠されることで、脳の補完機能がフル稼働し、映っていないものを見ることになる。何を見たかがあなたの本性だと言われている気がしましたね。

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【11】『となりの少年少女A 理不尽な殺意の真相』(河出書房新社)

『となりの少年少女A』

 ナチス本とは別に、書店で本をまとめ買いするときは、一冊はノンフィクションを選びます。今日は「となりの少年少女A」。副題は「理不尽な殺意の真相」です。もちろん中身に興味があるから読むのだけど、それ以上にノンフィクションは書き手の真意を知りたくて読みます。なぜこの本を書こうと思ったのか、何を目指しているのか。記者という職業をまっとうできなかった私だからそんな読み方になってしまうのかもしれませんが、とにかく精読する。何が書いてあるかではなく、何が書かれていないかを読み解こうと試みる。ぶっちゃけ、ノンフィクションは、私にとって極上の推理小説なんですよ。いや、失礼。あくまで、フェイクがはびこる今という時代にファクトで勝負する書き手の方々に敬意を表したうえでの副音声的な話ですので、どうかお許しを。

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【12】『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること』(講談社現代新書)
【13】『自動運転の幻想』(緑風出版)
【14】『きちんと知りたい!自動車メンテとチューニングの実用知識』(日刊工業新聞社)
【15】『ドローンビジネス参入ガイド』(翔泳社)

『未来の地図帳』『自動運転の幻想』『自動車メンテとチューニングの実用知識』『ドローンビジネス参入ガイド』

 おっと、「未来の地図帳」は新聞広告で知りました。さっきの宇宙放談と遠くて近い話ですが、自分の死期を仮決めして逆算しているせいか、ほんの少し先の現実的な未来が気になるんですね。「自動運転の幻想」なんてまさにそう。地方では車なしの生活は考えられませんし、高齢者の免許返上とか他人事じゃありませんから。しかし「幻想」かあ。自動運転の技術面のことを言っているのか、クリアすべき法律の壁のことなのか。車繋がりで「自動車メンテとチューニングの実用知識」。いやね、いま乗っている旧車のキャブレターの調子が悪いので、ちょっと自分で弄ってみようかと思って。それと近未来繋がりで「ドローンビジネス参入ガイド」。これは保険かな。作家はもう無理となった時のための。

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【16】『キャラ立ち民俗学』(角川書店)
【17】『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(小学館新書)

『キャラ立ち民俗学』『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』

 いよいよ大詰めですね。ではこれ、「キャラ立ち民俗学」を。つい先日読んだ「清張地獄八景」のエッセイがとっても面白かったので、今しばらくみうらさんの風に吹かれていたい、と。「動的平衡」も似た理由。既読なんですが、「新章追加」とあるので、だったら懲りずにまた福岡ハカセの手のひらの上で転がされてみようかな、と。

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 さてさて、ようやくノルマ達成、ではなく3万円分使い切り。お付き合い頂いた浜本さん、髙澤さん、また紀伊國屋書店前橋店の皆様、どうもありがとうございました。

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