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第50回:重松清さん

学生たちと本棚めぐり
<プロフィール> 重松清(しげまつ・きよし)
1963年、岡山県生れ。出版社勤務を経て執筆活動に入る。1991年『ビフォア・ラン』でデビュー。1999年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞を受賞。2001年『ビタミンF』で直木賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。著書は他に、『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『きみの友だち』『カシオペアの丘で』『せんせい。』『たんぽぽ団地のひみつ』『どんまい』『木曜日の子ども』など多数。

購入書籍No.   12345678910111213

【1】『古地図で歩く江戸と東京の坂』(日本文芸社)
【2】『東京の道事典』(東京堂出版)

『古地図で歩く江戸と東京の坂』『東京の道事典』

 彼らはまず『古地図で歩く江戸と東京の坂』『東京の道事典』をカートに入れた。なるほど、悪くない。街を歩くと坂の多さに気づき、通りの名前に敏感にもなる。さらに、街には、時の地層というか、歴史がミルフィーユのように積み重なっている。江戸がぽこんと顔を出す場所、足元をちょっと掘るとバブルの残滓が出てくる場所、戦争の記憶が透けて見える場所......。地名や通りの名前もまた、来歴のタグとなるだろう。

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【3】『江戸・東京の事件現場を歩く 世界最大都市、350年間の重大な「出来事」と「歴史」』(マイナビ出版)

『江戸・東京の事件現場を歩く 世界最大都市、350年間の重大な「出来事」と「歴史」』

 この流れでもう一冊、これは僕から『江戸・東京の事件現場を歩く』をゼミの二期生に薦めることにした。家康の江戸開府から終戦まで、さまざまな大事件の現場を紹介する本書は、個々の現場の案内だけでなく、それらを組み合わせて巡るモデルコースも紹介している。距離付きというのもうれしい。

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【4】『ニッポン制服百年史 女学生服がポップカルチャーになった!』(河出書房新社)

『ニッポン制服百年史 女学生服がポップカルチャーになった!』

 ふとカートを覗き込むと、知らぬ間にピンク色の本が入っている。江口寿史さんが描くキュートな女子高生が表紙を飾る『ニッポン制服百年史』である。日本に初めて洋装の学生服が導入されたのは1919年。ちょうど1世紀をかけて、日本の女学生服はどんな変遷を遂げたのかを、アニメやゲームも含めて紹介する。うわ、これ面白そう。選んだのはモリカワなのかセキモトなのか、2人とも笑うだけで答えない。どうもゼミのためというより個人的な趣味で選んだようである。しかし、街を歩けば制服が目に入るのは必定。本書の監修を務める森伸之さんも、まさに街を歩きたおして名著『東京女子高制服図鑑』シリーズをものしたのである。

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【5】『行ってはいけない! 山手線ディープ案内』(マイクロマガジン社)

『行ってはいけない! 山手線ディープ案内』

「センセイ、これも入れていいっスか」
 モリカワが棚から抜き取った本は『行ってはいけない! 山手線ディープ案内』──ぱらぱらとめくってみると、ネットにある同種のウェブサイトに比べると、アブなさは薄めである。だが、そのぶん、ゼミのフィールドワークに使える実用性は高いだろう。
 購入OKを出すと、モリカワは「フクイが喜びますよ、あいつ、こーゆーの好きだから」と得意そうに胸を張る。

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 確かにゼミの同期のフクイは、発表でも好んでディープ・スポットを採りあげている。新大久保ではアヤしげなお姉さんに追いかけられたり、レインボーブリッジを歩いて渡っているときにアナフィラキシーショックでぶっ倒れて救急車を呼ばれたり(本人は「レインボーブリッジを封鎖しちゃいました」とイバる)......と、お騒がせな男である。きっとフクイも喜ぶだろう。でもな、モリカワ、修学旅行のお土産を買ってるわけじゃないんだからな。もっと真面目にやりなさい。

【6】『もういちど読む山川日本戦後史』(山川出版社)
【7】『新 もういちど読む山川世界史』(山川出版社)

『もういちど読む山川日本戦後史』『新 もういちど読む山川世界史』

 学生さんたちに任せていては、企画がおかしな方向に進んでしまいかねない。ここからの選書は、教師目線にて。 『もういちど読む山川日本戦後史』『新 もういちど読む山川世界史』──学び直しブームの火付け役になった山川出版社の「もういちど読む」シリーズから2冊。同シリーズは全巻揃って僕の仕事場の書架に並んでいるのだが、「研究室に置いてゼミ生に自由に読ませてやろうかな、でも手元にないとオレも自分の仕事に難儀をしてしまいそうだなあ......」と悩んでいたのだ。

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 というのも、ゼミに限らず、講義や演習を受けている学生さんを3年間見てきて、「通史の弱さ」を感じてしかたない。知りたいことがネットの検索でパパッと調べられるのが裏目に出ているのか、点が線にならないというか、ものごとの大きな流れを俯瞰することが、皆さんどうも不得手のように思えるのだ。まずはざっくり全体像を把握しておいたほうがいいんじゃないかな? というわけで、とりあえず日本戦後史と世界史をゼミの副読本にしておこう。

【8】『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』(NHK出版)

『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』

 モリカワとセキモトにも「通史」の本を1冊選んでもらった。『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』である。よし、いいチョイスだ。この本も、オレの仕事場にあるぞ。文化構想学部の、別の論系の教授でもある宮沢章夫さんの授業には、任期中に一度はモグりたいと思っている(モグリと言えば、モリカワは、じつは政経学部の学生である。一年生の時からずっと僕の演習にモグっていて、単位も出ないのにゼミにまで参加しているのだ。まことに光栄なのだが、モグリが副ゼミ長をやっちゃいかんだろう)。

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サブカルチャー史にも通じることだが、学生さんには街を歩くことで「世相」を感じてほしい。教科書的な歴史年表からはこぼれ落ちてしまう、時代の手ざわりのようなものを体感してもらいたいのだ。
 そのための副読本を2冊選んだ。

【9】『生活者の平成30年史 データでよむ価値観の変化』(日本経済新聞出版社)

『生活者の平成30年史 データでよむ価値観の変化』

 まず1冊目、博報堂生活総合研究所による『生活者の平成30年史』は、生活意識調査などのデータから平成時代に人びとの価値観がどう変わっていったかを探る。博報堂生活総研のウェブサイト『生活定点』は、雑誌の企画の立て方や記事の書き方を学ぶライター演習(オレ、フリーライター長いからね)でもまことに重宝しているので、そのご恩返しも込めて購入。

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【10】『サザエさんをさがして』(朝日新聞出版)

『サザエさんをさがして』

 世相は、たとえば新聞の4コマまんがにも色濃くにじみ出る。あの国民的まんがに描かれた当時の世相を振り返る『サザエさんをさがして』を2冊目にしておいた。街並みやファッションや世相を知るために古い映画やドラマを観ることだって「あり」なのだ。

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【11】『家族終了』(集英社)
【12】『コンプレックス文化論』(文藝春秋)

『家族終了』『コンプレックス文化論』

 そして、世相は常に問い直され、時に斬られてもいく。『負け犬の遠吠え』の酒井順子さんが、自らの記憶を参照しつつ家族をめぐる世相をたどって、これからの家族のスタイルを問う『家族終了』を、学生さんたちはどう読むのか。紋切り型=単純なありように収斂したがる世相への、屈折しつつスジの通った異議申し立てを続ける武田砂鉄さんの『コンプレックス文化論』は、どうか。学生諸君と読後の感想を語り合いたくて選んだ。僕がこよなく畏敬する書き手2人の仕事は、若い世代の胸にどう刺さり、どんな爪痕を残すのだろうか(↓紋切り型)。

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【13】『伊丹十三選集』全3巻(岩波書店)

『伊丹十三選集』全3巻

 最後は『伊丹十三選集』全3巻。これもまた、とにかく学生さんたちを伊丹十三に出会わせたくて選んだ。大学時代に伊丹サンの『日本世間噺大系』に出会わなかったら、僕は編集者やライター、つまり言葉の世界で働くことはなかったかもしれない。同じく大学時代に伊丹サンが訳したサローヤンの『パパ・ユーア クレイジー』に出会わなかったら、僕の書くお話は、いまとは違う色合いになっていたかもしれない。そんなことをゼミのあとの呑み会で語りたいのだが、どうせオッサンの昔話なんて誰も聞いてはくれないと思うから、いま、ここで書きました。

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 さて、なんとか買い物は終わった。お世話になったジュンク堂をあとにして、池袋北口のチャイナタウンで軽くビールを飲んでモリカワとセキモトを労い、2人の就活の苦労話を聞いた。「面接ではウケるのに、落とされるんですよねー」とセキモトがぼやく。面接で笑いを取りに行くようなヤツだから落とされるんじゃないか、とは思ったものの、がんばってほしい。セキモトも、モリカワも、就活中の他の一期生たちも。
 一期生12名、4月から加わる二期生16名、もはや全員、自分の子どもよりも若い。
 映画を撮ってる学生、演劇に夢中の学生、ボーカロイドで作曲をしてる学生、ミニコミ誌の編集長の学生、新幹線通学をしてる学生、津軽三味線を弾いてる学生、よさこいを踊ってる学生、女子大のバレーボール部のコーチをしてる学生、書店でバイトしてる学生、春休みにアフリカを旅してきた学生......多士済々のゼミ生たちは、今日選んだ副読本をどんなふうに役立ててくれるのだろう。読めよなあ、しっかり。
 モリカワもセキモトも、気勢の上がらない就活の話は早々に終えて、新学期への期待を口にする。
「あー、来週ゼミが始まって二期生と会うの楽しみっスよ」「オレも楽しみっス」......。
 しかし、2人のうち1人は、記念すべき新年度最初のゼミを30分以上も遅刻して、早くも二期生にあきれられてしまうことになる。その運命を知らないニワカ教師は、教え子たちの殊勝で心強い言葉に胸を熱くしつつ、ビールを啜っていたのだった。

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