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第46回:クラフト・エヴィング商會さん

ゴジラを買って、ちょうど3万円
<プロフィール> クラフト・エヴィング商會(くらふと・えう゛ぃんぐしょうかい)
吉田浩美、吉田篤弘の2人による制作ユニット。著作の他に、装幀デザインを多数手がけ、2001年、講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞。
〇クラフト・エヴィング商會・著『クラウド・コレクター/雲をつかむような話』『すぐそこの遠い場所』『らくだこぶ書房21世紀古書目録』『ないもの、あります』『じつは、わたくしこういうものです』『おかしな本棚』『星を賣る店』
〇吉田浩美・著『a piece of cake ア・ピース・オブ・ケーキ』
〇吉田篤弘・著『つむじ風食堂の夜』『神様のいる街』『あること、ないこと』『雲と鉛筆』『おやすみ、東京』など著作多数。

購入書籍No.   1234567891011

【1】『こないだ』(編集工房ノア)

『こないだ』

 この「知の泉」は、新刊もしくは最近出た本のコーナーで、まず、目についたのは自分の本でした。すみません、ハナから自分の本の話で恐縮ですが、このところ自著の刊行が立て込んでいたため、なんと3冊も平積みになって並んでいたのです。嬉しいです。こんな日が来るとは。(ありがとう、東京堂書店)と感謝の思いを唱えながら、すでに目は他の本を物色しており─いや、物色するまでもなく、自分の本の隣に積んであった山田稔『こないだ』を素早く手に取りました。ページを開かなくてもいい本であることがわかります。何にせよ、山田稔は「見つけ次第、即刻買う著者」の一人ですから、躊躇なく5秒で買い物カゴに収めました。

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 ちなみに、買い物カゴは松村さんが持ってくださっているので、こちらは手ぶらです。ああ、次々と本を買いながらも手ぶらであることの、なんと気持ち良いことか。
 のみならず、うちの相方は、〈「あ、この本買いたい」と手に取ったら、そのままレジに直行しないと気が済まない病〉に冒されていて、なぜか、本を抱えながら次の本を選ぶことが出来ないのです。つまり、5冊本を買う場合は、5回、レジで清算するということです。

【2】『珈琲屋』(新潮社)

『珈琲屋』

 しかし、今回は何冊買っても手ぶらでいられますから、相方も調子よく本を選び取り、まずは美麗な一冊、大坊勝次/森光宗男『珈琲屋』をカゴに投入しました。「最初に目にとまった一冊」とのこと。著者のお二人は、惜しまれながら閉店した表参道の喫茶店「大坊珈琲店」の店主と、博多の名店「珈琲美美」の御主人です。相方もいきなりいい本を見つけました。しかも、手ぶらのままなので、レジに直行しなくてもいい─。

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「これで原稿を書かなくていいなら、こんなに楽な仕事は─」と思わず口走ってしまったところ、「楽な」くらいのところで、松村さんの目の色が明らかに変わりました。
「何を云ってるんですか」と一喝。「慈善事業じゃないんです」
 ごもっともです。「申し訳ありません」と頭を下げながらも視線は平台に並ぶ新刊群から離れることなく、自分でもどうなっているのかというくらいの集中力で、タイトル文字、著者名、帯のコピーを次々と読み取っていきます。

【3】『夜のみだらな鳥』(水声社)
【4】『言葉の木蔭 詩から、詩へ』(港の人)

『夜のみだらな鳥』『言葉の木蔭 詩から、詩へ』

 そのうち、「あっ」と声が出て、暴力的なスピードでホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』を棚から引き抜きました。少し前から刊行予告があったのですが、どうしても待ちきれず、旧版を大枚はたいて古書店で買ってしまいました。でも、新刊として並んでいるのを見ると欲しくなってくるのが本の不思議です。「解説が読みたいし」と言い訳がましくつぶやき、しかし、目は早くも次の獲物を捉えていました。宇佐見英治『言葉の木蔭─詩から、詩へ』です。堀江敏幸さんが編者で、解説も書いていらっしゃいます。じつは、ほんの3日前に堀江さんと一緒に某書店でトークショウをしたばかりで、まだ堀江さんの声が耳の奥にのこっていました。お名前だけではなく、その声に導かれるようにして本を手にするというのは、なかなか得難い経験です。

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【5】『ポリフォニック・イリュージョン』(河出書房新社)

『ポリフォニック・イリュージョン』

 と同時に、相方が「え、何これ」と手に取ったのは、飛浩隆『ポリフォニック・イリュージョン』でした。内容を確かめる前に装幀を凝視し、「素晴らしい」「やられた」「いいなぁ」を連発。水戸部功さんの装幀はいつでもアイディアがスマートですが、この本はとりわけ見事で、帯の文言もいちいち興味深い。「これは読んでみたい」と迷わずカゴに入れました。

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 おそらく、手ぶらであることが購入のスピードに拍車をかけているのでしょう。まだ開始から10分と経っていないのに、スリムな松村さんにお持ちいただくのが、いたたまれなくなるほどカゴが重たくなってきました。それに、このままだと「知の泉」コーナーだけで3万円に到達してしまいます。
 逆に云うと、東京堂書店に於けるメジャー本とマイナー本の混合具合、絶妙なセレクトと温故知新のほど良さ、全ジャンルを横断しながらも目線にブレがない感じ─そうしたことが、すべて「知の泉」コーナーに集約されており、時間がないときは、このコーナーをチェックすれば間違いない、ということがあらためてよくわかりました。
 しかしです。せっかくですから、と階上の売り場に上がったところ、「あっ」「おや」「いいねぇ」と、しきりに声をあげながら、1階では目にとまらなかった本を、いちいち手に取らずにいられません。

【6】『街と山のあいだ』(KTC中央出版)
【7】『世界のすべての朝は』(伽鹿舎)
【8】『幸福はどこにある』(伽鹿舎)
【9】『旅ゆけば味わい深し』(産業編集センター)

『街と山のあいだ』『世界のすべての朝は』『幸福はどこにある』『旅ゆけば味わい深し』

 若菜晃子『街と山のあいだ』は手にしたときの心地よさに惚れ惚れし、「あ、これ探していたんです」と熊本の出版社、伽鹿舎さんの小ぶりな2冊をいそいそとカゴに入れ、相方は「リンボー先生の本が出てる」と嬉しそうに林望『旅ゆけば味わい深し』をカゴに入れました。

 この時点ですでに充分ではないかという手応えと喜びを感じていたのですが、松村さんが電卓をパチパチと打ってくださったところ、まだあと1万円以上買えることが判明。

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【10】『清涼井蘇来集 江戸怪談文芸名作選』(国書刊行会)

『清涼井蘇来集 江戸怪談文芸名作選』

 それなら、と気が大きくなり、前々から気になっていた「江戸怪談文芸名作選」が並ぶ棚の前でじっくり物色しました。全5巻のうち、3冊並んでいる既刊分のすべてを読みたかったのですが、悩み抜いた挙句、『清涼井蘇来集 江戸怪談文芸名作選』を選定。清涼井蘇来というのが著者名で、帯に大きく「幻の作家」とあります。しかし、何と読むのかわかりません。奥付を確認すると、「せいりょうせいそらい」とルビが振ってあり、幻どころか嘘みたいな響きの名前で、そんなところも大いに気に入りました。いささか高価ではありましたが、そっとカゴに入れておきましょう。

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 さて、あともう一冊─。

【11】『ゴジラ 特撮メイキング大寫眞館』(講談社)

『ゴジラ 特撮メイキング大寫眞館』

 じつは、階上の売り場を見始めたとき、真っ先に目に飛び込んできたのが、『ゴジラ 特撮メイキング大寫眞館』でした。これはいわゆる「初代ゴジラ」の撮影記録で、ざっとページをめくっただけで、見たことのない写真が満載であるとわかります。こうした写真集の刊行は、ぼくらの世代にとって古代遺跡の発見に等しく、値段や本の大きさ重さなどに関係なく、大至急、購入する必要があります。
 松村さんの計算によると、「ゴジラを買って、ちょうど3万円」とのこと。(いまの松村さんの言葉を原稿のタイトルにしよう)とひそかに決め、(そう決めた以上、買わないわけにいかない)とゴジラの如く心の中で吠えながら購入。この「ちょうど」は「ほとんど」の意味であり、最終的に計算してみると、わずか188円のオーバーで、ありがたく3万円を使い切らせていただきました。

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 帰りがけに「本の雑誌」編集部に立ち寄り、先月号で絲山秋子さんが書いていらっしゃった「本屋さんで本が買えない」問題の不思議について皆で話し合いました。
 この問題、相方の〈手に取ったら、そのままレジに直行しないと気が済まない病〉よりも病状が深刻で、このところ、何軒かの大型書店で、ぼくも連続して「買えない病」に襲われていたのです。もしかして、今回の企画もうまくいかないのではないかと危惧していたのですが、お読みいただいたとおり、まったくの杞憂でした。
 もし、このまま本屋さんで本が買えなくなってしまったらどうしよう、と悲しんでいたのです。でも、少なくとも、ぼくは東京堂書店に救われました。

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