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第36回:米澤穂信さん

鷹と犬
<プロフィール> 米澤穂信(ヨネザワ・ホノブ) 1978年、岐阜県生れ。2001年、『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。2011年、『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を受賞。2014年『満願』で山本周五郎賞を受賞。同作と、2015年『王とサーカス』は「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」の国内部門ランキングにて1位を獲得し、二年連続の三冠を達成する。他著に『インシテミル』『追想五断章』『真実の10メートル手前』などがある。

購入書籍No.   123456789101112

【1】『鉄道が変えた社寺参詣』(交通新聞社新書)

『鉄道が変えた社寺参詣』

 地図に関係するからか『古地図に憑かれた男』というノンフィクションがあって、地図を盗んだ男の話だというので、どんな男がどんな理由でどんな古地図を盗まねばならなかったのかと気になってたまらず私の心も盗まれた。次に見つけたのが交通新聞社新書、時刻表の棚のすぐ側にあった一群の背表紙を見るだに気持ちが浮き立つ。『伝説の鉄道記者たち』などと言われたら「鉄道記者、そういう仕事があるのか。そしてその伝説の記者とは!?」と身を乗り出さざるを得ない。『鉄道が変えた社寺参詣』は、新しい道具や食品の誕生が社会を一変させ、しかも多くの人々が新しい常識を古来不変のものと思い込むという私が長年興味を持っている現象にアプローチしてくれそうで当然買う。

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【2】『全国 五つ星の手みやげ (新訂版)』(東京書籍)

『全国 五つ星の手みやげ (新訂版)』

国内観光の棚で日本中の奇岩を網羅したらしい『石ってふしぎ』を見つけエッヘヘあっしは「奇岩」にゃ弱いんですよと言いながらメモし、「るるぶ」や「まっぷる」のそばで岸朝子の『全国 五つ星の手みやげ』を見つけてこれで旅先で不味くはないが旨くもなくひたすらかさばるハズレみやげを買わずに済むと喜び勇んで書き留める。

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【3】『少年の名はジルベール』(小学館)

『少年の名はジルベール』

 放っておくと地図と旅行書で予算を使い切ってしまいそうなので後ろ髪引かれながら一階に上る。ここは雑誌と話題書が並んでいる。今回、さすがに雑誌は買わないつもりだったのでなんとなく一周するだけで終わりにするはずが、話題書の棚に『少年の名はジルベール』を見つけたので無言でメモする。買わないわけがない、むしろなぜいままで買ってないのか。

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【4】『うた合わせ』(新潮社)
【5】『アメリカ短編ベスト10』(松柏社)

『うた合わせ』『アメリカ短編ベスト10』

 エスカレーターで2階に上りながら、さてここからが難所だと気を引き締める─2階は小説売り場なのだ。いいか私、節制が大事だ、いつも心にテンパランスと自らに言い聞かせながら、まずはエスカレーター上りたての棚、時代小説の前に立つ。杉浦日向子が好きで『百日紅』は大好きで、必然的に葛飾応為には弱いので『眩』をメモ、題名のすさまじさと安禄山という興味をそそる人物が主役というので『肥満』も書き留め、そこから外国文学にスライドして以前から惹かれていた『出島の千の秋』を、見つけてしまったからには仕方がないと買い物リストに入れ、作曲家の小説『プロコフィエフ短編集』、東欧とジャズの取り合わせに心誘われ『二つの伝説』、「ラフィク・シャミも愛する」という惹句に他愛なく引っかかって『囀る魚』、ふと後ろを振り返ったら短歌や俳句の棚だったので無言で『うた合わせ』もピックアップ、内容が面白そうとかどうとか以前にそもそもなんだその文字列が意味するものは、と『耳ラッパ』、特に悩みもせず『赤死病』もリストに入れ、そうだこれ買おうと思っていたんだと『世界が終わるわけではなく』『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』、これもう出たんだと平石貴樹選の『アメリカ短編ベスト10』もメモする。私、平石貴樹に弱いんです。

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【6】『虚構の男』(国書刊行会)
【7】『ミニチュアの妻』(白水社)

『虚構の男』『ミニチュアの妻』

新シリーズ〈ドーキー・アーカイヴ〉始動をお祝いして『虚構の男』を購入候補に入れ、『ミニチュアの妻』をメモして海外ミステリの棚までカニ歩き、これも以前からいずれはと目論んでいた『隅の老人』と『剣闘士に薔薇を』をリストに載せる。近くにあった映画化原作二作『ビッグ・フィッシュ』と『ミスター・ホームズ』が気になる、どちらも好きだが小説で読んだらどんな感じだろう、こんな機会でもないと買わないかもしれないと書き留め、ついでに資源が枯渇し水を私有する者は罰せられる世界に生きる茶人を書いた(らしい)『水の継承者ノリア』もなんだそれと思ってメモに入れる。

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 そしてダウンした。
 時間にして2時間ほどしか経っていないのに、くたくたである。もう歩けないのである。疲れてしまったのである。馬鹿な、紀伊國屋書店新宿本店を最上階まで登るはずの私がこんなところで......と膝に手をつく。しかしどうやら駄目らしい、仕事は引き際が肝心、ここはいったん引き上げである。
 ふらつく体をなんとか操り、近くの喫茶店に入る。「マスター、コーヒーを頼む。すまないが濃く淹れてくれ......疲れているんだ」と頼んでテーブルに突っ伏した、というのはもちろん嘘で、実際はケーキセット(選んだケーキは季節のフルーツショートケーキ)をお願いした。ケーキは取りあえずぺろりして、コーヒーを飲みながらポケットからメモ帳と、この時のために自宅から持参した電卓を取り出した。さて、3万円の予算に対し、いまどれぐらいの本を選んだだろう。ふだんはページ数カウントと確定申告の時しか使わない電卓のボタンを不慣れな指で押していき、買うつもりの本の総額を弾き出す。─しめて64,360円。
 ぜんぜんだめである。数字が苦手とか暗算が遅いとかいうレベルではなく、そもそも予算内に収めようという努力がまったく、からっきし見えない額になっている。8階まで行こうというのに2階の時点で予算の倍以上をリストに入れているのは、なんというか、欲が深すぎる。どうやら、当日欲が無くなって買う本に困ってはまずいと危惧して実行した本屋断ちがよくなかった。自分では餌を減らされて野性を研ぎ澄ました鷹のようなつもりでいたが、これでは久しぶりの散歩に大喜びして飛んだり跳ねたりぐるぐるまわったりして、公園に着く前にばてている犬である。さあどうしよう、既に予算(と体力)は尽きているし、いまリストにある本から買うものを選択するだけで充分企画の主旨に沿ってはいる。ケーキ(季節のフルーツショートケーキ)のおかげで多少は回復しているが、疲労感が好奇心のアンテナを下げてしまうことは間違いなく、ここから先は労多くして益少なしということにもなりかねない。もういいじゃないか、本を買って帰ろう......。
 いや。それではいけないのだ。今回この企画をお受けするにあたり、私は自らに「本屋を堪能する」ことを課していた。今日、ある特定の本が欲しいと思ったとき、送料もかからず数日で家に届けられる通信販売を選ばずに、交通費を払い自分の時間を割いて本屋に出かけることに意味はない。では本屋は不要なのか?本屋はすべて、もう衰退を待つばかりの時代遅れの業態なのか?
 そうではない。もちろん、需要の一部分が通信販売に置き換えられた以上本屋の数は減らざるを得ないし、実際に減ってもいる。しかしそれでも、本屋が絶滅するとは思わない。この頁の冒頭にも掲げたが、本屋に行くのは欲しい本を買うためではなく、欲しいと思っていなかった本が欲しくなるからなのだ。知らない本と出会う楽しみが忘れがたいから私は本屋に行くし、それこそが本屋にしかない代替不可能な楽しみだと信じている。ならば「本屋を堪能する」という命題は本屋を隅々まで見てこそ達成されるはずで、慣れ親しんだ小説売り場を見るのもむろん楽しかったが、ここで頓挫しては何のために来たのかわからない。倒れるには早すぎる、行け、行くのだ私、知らない棚の前に立ち、ああ知らなかった、こんな本もあったのかという、あの懐かしい喜びを胸に刻んで帰るのだ!
 カップに残ったコーヒーを飲み干し、テーブルに手をついて、私は立ち上がった。目指すは紀伊國屋書店新宿本店、あのビルを最上階まで上り、精査できるかどうかはいざ知らず、全ての棚の前に立たない限りは帰らない。たとえ何度喫茶店に引き返し、何杯のコーヒーを飲み、何個のケーキ(季節のフルーツショートケーキ)をぺろりすることになったとしても。そうして不屈の闘志を胸に、私はふたたび征服の途に就いたのであった。
 ......あとはまあ、以下の選択をご覧いただければいいのかなと思います。

【8】『最初の刑事』(早川書房)
【9】『ニンジンでトロイア戦争に勝つ方法』上下(原書房)

『最初の刑事』『ニンジンでトロイア戦争に勝つ方法』上下

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【10】『漢字廃止の思想史』(平凡社)
【11】『紅茶スパイ』(原書房)
【12】『本を愛しすぎた男』(原書房)

『漢字廃止の思想史』『紅茶スパイ』『本を愛しすぎた男』

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