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第28回:中島京子さん

まず壺を買いましょう
<プロフィール> 中島京子 (なかじま・きょうこ)  
1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』で作家デビュー。
2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。著書に『イトウの恋』『ツアー 1989』『平成大家族』『宇宙エンジン』『東京観光』『かたづの!』などがある。

購入書籍No.   1234567891011

【1】『ベルサイユのばら(11)エピソード編 1』(集英社)

『ベルサイユのばら(11)エピソード編 1』

 上から行ってみましょう、ということで四階のコミック・コーナーへ。エスカレーターの正面に、祝40周年ということで出た『ベルばら』最新刊を発見。70年代に少女期を送った者としてどうしても買わなければならないでしょう。以前に某出版社が40周年記念別冊を出して、そこにエッセイを寄稿したとき、「『ベルばら』は私たちにとっては旧世代の『忠臣蔵』みたいなもので、ごひいきの登場人物やら忘れがたい名場面に満ちています」みたいなことを書いたのだけれども、いったいどのくらいの世代までが『忠臣蔵』という例を理解できるのだろうか。どこかの対談で池田理代子先生が「『ベルばら』は現代の『忠臣蔵』と言われているそうです」と発言されていて、これはもしや、拙文をお読みになられたか、とちょっと舞い上がったけれども、いずれにしても、私も池田先生も『忠臣蔵』を知っている世代に属する。私はちなみに初読以来アンドレ派。

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 一階下がって語学や学習参考書フロアへ。私が好きなのは辞典コーナーです。ときどき新しい辞典をチェックしている。類語辞典とかスラング辞典のようなものは、けっこう使いでがあったりするのです。この日気になったのは『〈役割語〉小辞典』。語尾や方言で登場人物にある役割を担わせるような言葉の使い方は、小説家は日常的に駆使しています。たしかに気になる。いずれ買うような気もします。

【2】『八代目正蔵戦中日記』(青蛙房)
【3】『昭和幻景 消えゆく記憶の街角』(ミリオン出版)

『八代目正蔵戦中日記』『昭和幻景 消えゆく記憶の街角』

 二階はアートのフロアです。ここでは映画や音楽関係の評伝などを見ます。評伝系はわりと好き。ある時代を知りたいときに読み易く、人物造型の参考にもなります。それから、目が行くのは戦前・戦中・戦後もの。今回は、『八代目正蔵戦中日記』を見つけました。八代目正蔵といったら、林家彦六師匠のことです。私が若い時はものすごい重鎮扱い(というか重鎮)だった噺家さんで、本物よりも弟子の木久ちゃん(木久扇師匠)の物まねのほうがポピュラーだった。血圧が高いから手の先も声も震えてて、「お師匠さん、どうして餅は冬でもカビが生えるんでしょうね?」「ばぁがぁやぁろぉお、早ぐ、食わねえからだ」というお正月の話が有名です。そんな師匠も戦中といったら壮年期。古今亭志ん生の戦時中や関東大震災のエピソードが書かれた『なめくじ艦隊』はめちゃくちゃ面白かったからな~。噺家さんの日記なら鉄板でしょう、資料的価値も高いし。ついでにチェックするのは、昔の東京の写真集。『昭和幻景 消えゆく記憶の街角』。写真があると想像力は膨らむ。

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 一階は人文書フロアです。いわゆる硬い本が置いてある。ここがリブロでいちばん好きなフロアかもしれない。
 私にとって本屋さんは、大学のようなところです。知らないことを教えてくれる本がいっぱいある。知らないことばっかりだな、死ぬまでに読める本なんてほんの少しだな、と思って打ちのめされたりもするのですが、知りたい気持ちには必ず応えてくれるし、これを知った方がいいよと教えてくれる。だから、私にとって「嫌」とか「呆」とかのフェアを書店がやるというのは、書店に対する信頼が音を立てて崩れるような出来事だった。でも、リブロ池袋店さんはそういうことはしませんでしたし、いつ行っても知識欲にもアクチュアルなことへのアンテナにも応えてくれます。

【4】『亡命ロシア料理』(未知谷)

『亡命ロシア料理』

 たとえば今回は、この一階に設置されていた「新しい知覚をつくる本30」というコーナーが魅力的でした。講談社現代新書の坂口恭平『現実脱出論』と尹雄大『体の知性を取り戻す』刊行記念と題したフェアです。お二人が選書した本の中で、我が目を射ぬいたのが『亡命ロシア料理』でした。タイトルからして秀逸! ロシアからアメリカに亡命した学者さんが書いた本だそうで、めくるとこんなことが書いてあります。
「もしもあなたがグルメならば、後にした故郷を思い起こす大事なよすがとなる料理に当然ノスタルジーを感じるならば、そして祖国の伝統をかけがえなく思うならば、壺をお買いなさい。中身のたっぷり入る、粘土で作られ釉薬のかかった、厚いふたのついた壺─これはすてきなものだ! ロシアの作家がみなゴーゴリの『外套』から出てきたように、すべてのロシア料理は壺から生まれた」
 泣ける。泣けるね、この文章は。料理はなんらかの理由で故国を離れざるを得なかった人々にとって、心の拠り所となる存在であるに違いない。とはいうものの、何はともあれ「壺」ですと。世界のあちこちでやむなく故国を去ったロシア人たちが一心不乱に壺を買い求める姿が目に浮かびます。しかもこの本はほんとうに料理本で、実際に料理を作ってみられるレシピもあるし、写真も出ている。そしてエッセイには哀愁と諧謔が漂う。とてつもなくおいしそう。これは、買いだ!

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【5】『ザ・クロニクル戦後日本の70年(1)1945-49 廃墟からの出発』(共同通信社)
【6】『ザ・クロニクル戦後日本の70年(4)1960-64 熱気の中で』(共同通信社)
【7】『敗戦とハリウッド 占領下日本の文化再建』(名古屋大学出版会)

『ザ・クロニクル戦後日本の70年(1)』『ザ・クロニクル戦後日本の70年(4)』『敗戦とハリウッド 占領下日本の文化再建』

 そのほかに、このフロアで買ったのは『ザ・クロニクル戦後日本の70年(1)1945-49 廃墟からの出発』と、『ザ・クロニクル戦後日本の70年(4)1960-64 熱気の中で』であることよ。なぜ、(1)と(4)なのだろうか。(2)と(3)はどうしたのだろうか。話は少しずれるけれども、昔ハイティーンの少女向け雑誌で編集者をしていたことがあり、ティーンに人気のダンス特集というのを組んでダンスのステップを解説する記事を掲載しようとしたら、記事作成担当の後輩編集者がどうしてもダンスのステップを「4」から始めると言って聞かず、困ったことがありました。いや、何か始めるときはやはり「1」からでしょう。「4」から始めないでしょう。
 どうして『ザ・クロニクル』は(4)が先に出てしまったのであろうか。じつはいま私が知りたいのは、どちらかといえば(4)よりは(2)の時期なのだけれども、いずれ出ると割り切って、買いました。ここでもう一冊買ったのは『敗戦とハリウッド 占領下日本の文化再建』。ここまできてなんとなくおわかりになったかと思いますが、いま私は戦後・占領期の資料を集めているのです。まだ漠然と集めている段階なので、どう作品に結実するかは先にならないとわからないのですが。勢い、昭和史ものが増えていく。

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【8】『ヒロシマ・モナムール』(河出書房新社)

『ヒロシマ・モナムール』

 そしてこれは戦後モノの範疇に入るのかどうかはわかりませんが(いや、入ると思う)マルグリット・デュラスの『ヒロシマ・モナムール』新訳もカゴへ。生誕100年ということで、雑誌でも特集が組まれたりしていますね。

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 リブロの良心、人文書フロアを出て、エスカレーターで地下に降りると、早くもカレンダーを売っているではありませんか! 早い。一年が早すぎる。
 地下エスカレーター脇は料理本コーナーです。料理は好きなのでレシピ本もまめにチェック。でも、買っても使う本と使わない本があります。うーん、本日はなんといっても『亡命ロシア料理』をすでに買うことにしているから、レシピ枠は埋まったということで素通りしました。
 地下階で見過ごせないのは、なんといっても「わむぱむ」でしょうか。もちろん、実用本コーナーも雑誌コーナーも必要に応じて行くのだけれども、絵本は別腹。きっとこの記事が掲載されるころには撤収されているに違いない可愛らしいハロウィーン・コーナーに、姉・さおりが翻訳した『ハロウィーンってなぁに?』を発見! いまでこそ、寺の多い我が近所でも子供たちが仮装して歩く町内イベントが催されるまでになったが、だいたいハロウィーンってなんなんだか、なぜカボチャなのか、なぜ仮装なのか、知ってるの? と疑問を持つむきには断然おすすめの一冊。すべての疑問が解決します。パンプキンパイのレシピつき。この時期、子供のいる友達に会うことがあれば、プレゼントに買っていくのだが。もう何年かしたら、「孫」のできる友達がわさわさいるようなことになるはずで、秋に孫を持つ友には贈ってあげよう。ロングセラーで書店から消える心配もないので、今日は買いません。


【9】『マップス 新・世界図絵』(徳間書店)

『マップス 新・世界図絵』

 買うことにしたのは、『マップス 新・世界図絵』。少し前から気になっていたのですが、たくさん本を買うと書店が宅配してくれるので、そんな日ならこの大きな本もかさばることを気にしなくてよい。こういう、小さいものがいっぱい描いてある絵本はハマります。かこさとしさんのだるまちゃんシリーズとか『からすのパンやさん』とか。
 絵本棚で買いたかったイソールさんの『うるわしのグリセルダひめ』はまだ発売になっていないらしい。では次回に譲り、文芸書や文庫のある反対側のフロアへ移動します。

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【10】『繁栄の昭和』(文藝春秋)
【11】『吉田健一』(新潮社)

『繁栄の昭和』『吉田健一』

 ここに来るとどうしても気になる自著。初の歴史小説『かたづの!』はこの日、版元の在庫がなくなって入荷がストップ。おかげさまで重版いたしましたので、この本を買おうと書店にいらした方は日を改めていらっしゃるか、もしくは予約をお願いいたします! と、大声で叫ぶわけにもいかない。どうか重版分がちゃんと入荷してはけますようにと密かにお願いして、新刊棚からは『繁栄の昭和』と『吉田健一』を。
 二冊とも、昭和史キーワードにひっかかったとも言えるけれど、どちらかといえば純粋に筒井康隆、吉田健一キーワードで釣り上げられた感じ。『吉田健一』は、図書カード企画がなければお値段を睨んで考えちゃったかもしれません。真横に『重力の虹』(上・下巻)など、重量級がドスドス並んでいた。欲しいけど、もうほぼ三万円使い切ったみたい。
 って、自分で買いますよ。自分で。
 そういうわけで、今日は特別の日。
 至福!

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