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第23回:高野秀行さん

アジアの本を買いまくり
<プロフィール> 高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部当時執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。タイ国立チェンマイ大学日本語 講師を経て、ノンフィクション作家となる。誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探す。それをおもしろおかしく 書くをモットーに、多くの作品を生み出している。2006年に『早稲田三畳青春記』で第1回酒飲み書店員大賞を、2013年に『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞受賞。

購入書籍No.   1234567891011

【1】『新興国の流通革命』(日本評論社)

『新興国の流通革命』

 さて、ブランクを取り戻すべく、買いまくろう!
 まず入口すぐの「タイ」の棚。私は今年の夏、2カ月もタイをぶらぶらしていたから、ひじょうに関心がある。真っ先に目に入ったのは知り合いの書いた本2冊だった。
 遠藤元『新興国の流通革命 タイのモザイク状消費市場と多様化する流通』(日本評論社)。遠藤さんは20年前、私がチェンマイ大学で日本語を教えていたとき、やはり調査で同地に住んでいた。まじめな学者タイプの人なのに、美人で朗らかな奥さんがいて「いいなあ」と羨んだことを思い出す。著者略歴を見たら今は大東文化大学で准教授になっている。へえ。遠藤さんは当時チェンマイの財閥の研究をしており、この本もその延長線上にあるようだ。

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【2】『曼谷シャワー』(平安工房)

『曼谷シャワー』

 もう1人、こちらはバンコクで知り合った下関崇子さんの『曼谷シャワー』(平安工房)。この人は破天荒な人生を送っている。もとは普通の会社員だったのにダイエットのためキックボクシングジムでエクササイズを始めたらいつの間にかキック選手としてプロデビューしてしまった。その後失恋した勢いで会社を辞めて、本場タイへムエタイ修業、そして初の日本人女子選手として活躍、当時のトレーナーの男性(元ボクシング世界チャンピオンでもある)と結婚した。どうやらその当時の体験が書かれている本らしい。

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【3】『タイに渡った鑑識捜査官』(並木書房)

『タイに渡った鑑識捜査官』

 知り合い以外でも面白そうなタイ本があった。戸島国雄『タイに渡った鑑識捜査官』(並木書房)。戸島さんは警視庁のベテラン鑑識官。2004年のインド洋大津波の際タイに渡り、遺体の確認作業で指揮をとった。その姿はテレビでしばしば取り上げられ、タイの人たちは「日本人に助けてもらった」ととても感謝した。そのため東日本大震災でタイから送られた義援金の額は予想外に多く、アメリカ、台湾に続いて第3位。戸島さんのおかげだともっぱらの評判である。この本を読んで「トジマを知ってる?」とタイの人たちに訊いたら、話が盛り上がるかもしれない。

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【4】『タイの古寺を歩く』(連合出版)

『タイの古寺を歩く』

 桑野淳一『タイの古寺を歩く』(連合出版)にも心惹かれた。今年の夏、タイを2カ月もぶらぶらしていたと書いたが、実は家族旅行だった。妻はともかく、酔狂にも犬を連れて行ったのだ。仕事で何年か駐在するならともかく、単なる旅行で飼い犬をタイに連れて行った日本人は私たちが初めてだろう。タイ人は犬好きな人が多いから大丈夫だろうと思ってのことだが、実際には犬好きが多すぎて参った。町も村もどこもかしこも犬だらけ。タイの犬はヤンキーみたいなものだ。世話してくれる人はいるが、町中を我が物顔に歩き回り、おうおうにして群れでたむろしている。そして縄張りが決まっている。私たちがうちの犬を歩かせようとすると、瞬時に地元犬がやってきて「おめえ、どこぞのもんじゃ!」と凄むのである。したがって散歩をさせるのがひじょうに難しかったが、毎回意外な穴場を発見して切り抜けた。中でも最高の穴場は世界遺産にも指定されているスコータイ遺跡。広大な土地で、人があまり住んでいないから地元犬も少ない。観光客の姿が全く見えないこともしばしばであり、私たちは犬をリードから放してのんびり歩いた(もちろんタイ的には全く問題ない)。
 そんなわけで、私の頭には「タイの遺跡=絶好の犬の散歩場所」と刷り込まれたのだ。パッとこの本をめくると、古寺とは遺跡のことであるから、私にとって最高のガイドブックになりうる。もう一度、犬を連れてタイに行くならという話だが。

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【5】『タイ日辞典』(ボイス)

『タイ日辞典』

 最後に岡滋訓『タイ日辞典』(ボイス)という辞書を買い、タイは終了。ミャンマー(ビルマ)の棚に移る。

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【6】『ミャンマー概説』(めこん)

『ミャンマー概説』

 まず、目に止まったのは伊東利勝編『ミャンマー概説』(めこん)という分厚い本。本体価格7000円。ふつうなら購入を躊躇するはずだが、今なら大丈夫だ。ミャンマーの主要民族ごとに章が割かれており、中でも「シャン」についてしっかりとした記述がある。私は今年からミャンマーとタイで食されている「納豆」について取材を始めている。とくにシャン人にとって納豆とは「ソウルフード」でありお寺に寄進したりするという。
 これからシャンについての文献資料も集めたいと思っていた矢先なので、こういう概説書はうってつけだ。

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【7】『ビルマの日々』(彩流社)

『ビルマの日々』

 もう1冊はジョージ・オーウェルの自伝的なデビュー作『ビルマの日々』(彩流社)。オーウェルといえば、一般には『一九八四年』や『動物農場』が連想されるようだが、私からすれば圧倒的に『パリ・ロンドン放浪記』(岩波文庫)である。オーウェルが五年間のビルマ滞在(警察官として勤務)から帰ったあと、パリとロンドンで実際に暮らし、その体験を面白おかしく、しかし鋭い考察とともに記している。元祖エンタメ・ノンフともいえる。オーウェルの良さは、フェアなところ。イギリス人あるいは自分自身をもシニカルに捉える目をもっている。彼がその視点を培ったのはビルマではないかと私は睨んでいるのだが、睨んでいるだけで『ビルマの日々』を読んだことがなかった。

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 ちなみに、ビルマでオーウェルの足跡をたどりながら軍事政権の過酷さを告発した『ミャンマーという国への旅』(晶文社)を探したが、ここにはなかった。著者はイギリスの女性作家エマ・ラーキンで、彼女は以前、私の『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)の英訳版を面白がり、あちこちの英字紙で書評を書いてくれた。一度、バンコクで彼女と会って話したとき、「イギリスでもビルマなんてマイナーすぎて普通に書いたら誰も興味を示さない。だからオーウェルで読者を引っ張るのよ」と言っていた。やっぱり辺境地域を書くのはどこでも大変なんだなと共感しかけたが、『ミャンマーという国への旅』の初版分の契約金がざっと5万ドル(500万円)、しかもそれにはアメリカなど北米の発売分は含まれてないと聞き、一瞬で共感が吹っ飛んだ。すげえな、腐っても大英帝国。結局その共感喪失によりエマの本は未読のままだ。彼女によれば、オーウェルは『1984年』や『動物農場』のアイデアをビルマから得たという。それも『ビルマの日々』を読めばわかるかもしれない。そして、もし万一気が向いたらエマの本も読んでやっていいと思った。

【8】ミャンマーの地図

ミャンマーの地図

 ミャンマーの棚には地図が売られていた。ミャンマー政府が作成したものらしい。印刷がよくないし、データ量も少なそうだが、ためらわず購入。アジア・アフリカのマイナー国で売られている地図は、欧米の地図とちがい、客観的でないところが面白い。人口が少なくても、州都や軍事拠点、あるいは長距離バスの乗り換え地や国境の町など交通の要所が妙に大きく記されていることがある。こういう町、特に国境の町はなぜか欧米の「客観的な地図」では過小評価されがちだ。統計上の人口は少なくても実際そこに蠢いている人は多いという場所が客観的地図は苦手なのかもしれない。現地の地図と欧米の地図を見比べることで見えてくるリアリティもあるのだ。

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【9】『ボルネオの森に秘薬を求めて』(草思社)
【10】『わたしが見たポル・ポト』(集英社)

『ボルネオの森に秘薬を求めて』『わたしが見たポル・ポト』

 さて、3万円はものすごいスピードで減っていく。タイとミャンマー以外では3冊しか買えなかった。うち2冊は、深井勉『ボルネオの森に秘薬を求めて』(草思社)と馬渕直城『わたしが見たポル・ポト』(集英社)。前者は複雑骨折さえ生薬で治すというボルネオの先住民を訪ねるプラント・ハンターの体験記らしい。私はこの手の「探検」が大好きだ。
 後者は2011年に亡くなったフォト・ジャーナリストの手記。馬渕さんには私も生前何度かお会いしたことがある。彼はポル・ポトのシンパとしてマスコミの世界では異端視されていたようだが、世評も人工的に作られることは高木徹の『戦争広告代理店』(講談社文庫)で証明済みだ。ポル・ポトも政治的な意図により「絶対的な悪者」にでっちあげられたのだと馬渕さんは言っていた。

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【11】『旅の指さし会話帳76 南インド』(情報センター出版局)

『旅の指さし会話帳76 南インド』

 トリを飾ったのは、『旅の指さし会話帳76 南インド(タミル語)』(情報センター出版局)。私はこの「旅の指さし会話帳」シリーズの熱心なファンであり、20冊以上所有している。実際に指さしながら会話などしたことはない。そんなのはまどろっこしくてとてもできない。このシリーズの良さは巻末の充実した単語集(辞書代わりになる)と、建前を全部とっぱらい、実用性に特化した例文にある。例えば、『ビジネス指さし会話帳3 タイ語』では「(領収書に)日付と金額は入れないでください」なんて例文もあるのだ!! 領収書の重要性をこれほど正しく認識した言語のテキストは世界中探しても他にないだろう。
 だから指さし会話帳は折にふれては買うのだ。私はインドに入国できない身の上だし、タミル語など使う機会もなさそうだが、国語学者の大野晋が日本語の起源だとしている言語である。万葉日本語と見比べたら面白そうと思ったのだった。

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