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第22回:山田正紀さん

失われた一冊を求めて
<プロフィール> 山田正紀(やまだ まさき)1950年、愛知県生まれ。74年に『神狩り』でデビューし、翌年、同作品で第6回星雲賞を受賞。82年に『最後の敵──モンスターのM・ミュータントのM』で第3回日本SF大賞を、2002年に『ミステリ・オペラ』で第2回本格ミステリ大賞および第55回日本推理作家協会賞をダブル受賞した。最近の著書に『ふたり、幸村』『復活するはわれにあり』などがある。

購入書籍No.   12345678910111213

【1】『幕末・維新』(岩波新書)
【2】『民権と憲法』(岩波新書)

『幕末・維新』『民権と憲法』

 伊勢佐木町の有隣堂本店はしばしば私が訪れる書店だ。2階に新書、文庫コーナーがあって、1階を吹き抜け空間のように取り囲む、回廊構造になっている。私はこの空間に身を置くのをことのほか好んでいる。書店を散策するというのは、ある意味、非日常的な行為であろうが、この回廊をめぐることで独特なトリップ感がもたらされるからだ。
 岩波書店の「シリーズ日本近現代史」はこの二階の入口付近の棚に入っていた。【1】の『幕末・維新』をカゴのなかに入れ、【2】の『民権と憲法』も入れ、しかし【3】の『日清・日露戦争』を入れるまえに、つい視線を隣の棚に滑らせてしまったのだ。そこには岩波ジュニア新書がおさまっていた。

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【3】『新版 単位の小事典』(岩波ジュニア新書)

『新版 単位の小事典』

 打ち明けるが、私はじつは岩波ジュニア新書の大ファンである。基礎的な学力に欠ける人間であるからして、岩波ジュニア新書のかゆいところに手が届くような初歩的な解説は─その対象が何であれ─大いに理解の助けになってくれる。
 それでつい『新版 単位の小事典』をカゴに入れてしまった。そのことが端緒になって、どういうわけか「シリーズ日本近現代史」を全巻大人買いしよう、という気持ちが消え失せてしまった。なにもいっぺんに10巻をそろえる必要はないのではないか。順々に買い求めていけばいいんじゃないんですか。

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【4】『工場』(新潮社)

『工場』

 小説を読みたいと思い、1階に下りる。かねてより気にかかっていた小山田浩子さんの『工場』をカゴに入れる。

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【5】『チャイルド・オブ・ゴッド』(早川書房)
【6】『シスターズ・ブラザーズ』(東京創元社)
【7】『ミステリガール』(ハヤカワ・ミステリ)
【8】『夜に生きる』(ハヤカワ・ミステリ)

『チャイルド・オブ・ゴッド』『シスターズ・ブラザーズ』『ミステリガール』『夜に生きる』

 昔からのファンであるマッカーシーの『チャイルド・オブ・ゴッド』を、さらに「マッカーシーにユーモアのセンスがあればこんな本を書いたであろう」という惹句に惹かれて『シスターズ・ブラザーズ』を購入する。勢いのまかせるままに『ミステリガール』、『夜に生きる』という翻訳ミステリーを買う。

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 ほかにも日本作家のベストセラー作品で欲しいものがあったのだが、なにも「敵に塩を送る」こともないだろうと思いなおし、小説フロアを離れ、上階に向かう。このあたりの心理のあやは我ながらじつにセコい。

【9】『源氏物語と白楽天』(岩波書店)

『源氏物語と白楽天』

『源氏物語と白楽天』は大著であり、本体8,300円という高価な本である。自分ではとても買えない。私にはいつか『源氏物語』をテーマにして小説を書きたいという思いがあり、そのときには源氏物語に引用される漢詩文の数々が大いに参考になるはずである。いつのことになるか、たぶん書かずじまいになるだろうが、そのときのための参考書になれば、という気持ちから、思い切ってカゴに入れることにした。

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【10】『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社)

『河原ノ者・非人・秀吉』

 歴史関係の本がもう1冊、『河原ノ者・非人・秀吉』がそれである。以前、図書館で借りて読み、大いに感銘を受けた。私には図書館で借りて感銘を受けた本は、あらためてそのあとで買いなおす、という癖がある。所有欲から、というより、たんにもう一度ゆっくり読みなおしたい、という思いからのようである。じつは『河原ノ者・非人・秀吉』を読んである小説のヒントを得た。これもいずれ書く機会を得るか、それとも書かずじまいに終わってしまうのかはわからない。いつか書くことができればいいが。
 歴史関係はこの2冊でいいか。─科学関係のフロアに上がる。

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【11】『恐竜の飼いかた教えます』(平凡社)

『模倣の殺意』

 恐竜のコーナーでは『恐竜の飼いかた教えます』をカゴに入れる。これも絵柄の美しい大部の図鑑で、それにしては2,000円という値段が良心的のように思う。『翼をもつペット恐竜』とか『芸達者な恐竜』とか遊び心が満載なのが楽しい。

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【12】『宇宙エレベーターの物理学』(オーム社)

『宇宙エレベーターの物理学』

 『宇宙エレベーターの物理学』は数式がちりばめられていて私には難易度の高すぎる本だと言っていい。でも「宇宙服はなぜ必要?」とか「無重力状態での体重測定」とかの章だてに優れていて「宇宙」なるものの感触をよく伝えてくれる。宇宙服の手袋の指を曲げるときの科学解説など意表をつかれるほどだ。数式は読まずにただ眺めればいい。─そんなわけで『宇宙エレベーターの物理学』もカゴのなかに入れることにした。

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 さて、私は若いころ、生意気にも、あさはかにも、自分の書くSFの科学的バックグラウンドはブルーバックス程度で十分、などと思っていた時期がある。専門書を読むだけの能力がないにもかかわらず、だ。
 だが、いまになってわかってきたことだが、じつはブルーバックスの内容を百パーセント完全に理解するのは、きわめて困難なことなのだ。若いころにはただわかったように錯覚していたにすぎない。あるいはわかったふりをしていただけのことか。

【13】『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』(ブルーバックス)

『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』

 というわけで最後の一冊には『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』を買うことにした。今度こそシュレディンガー方程式を本当に理解できればいいのだが。

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 有隣堂をあとにするとき『幕末・維新』が後ろから「いいのか、それで」と声をかけてきたように感じた。「シリーズ日本近現代史」を全巻買いそろえる話はどうなった、と。  聞こえないふりをして、さっさと出てきたが、でもいまも伊勢佐木町有隣堂のどこかに私の罪悪感がふわふわと浮遊しているはずである。合掌。

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