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第20回:井上荒野さん

リアル書店をふわふわ歩く
<プロフィール> 1961(昭和36)年東京生れ。成蹊大学文学部卒。1989(平成元)年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞を受賞。創作のかたわら、児童書の翻訳家としても活躍する。2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』で直木賞、2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞をそれぞれ受賞する。著書に『結婚』『夜をぶっとばせ』『さようなら、猫』『それを愛とまちがえるから』『あなたにだけわかること』などがある。

購入書籍No.   12345678910

【1】『書評 時評 本の話』(河出書房新社)

『書評 時評 本の話』

 当日は、本の雑誌の編集者Hさんが同行。初対面の人と、リアル書店にいる、私がどんな本を買うかをその人に見守られている、という状況にさっそくアガりまくる。そして何も考えず店内をすたすたと歩いていき、最初に目に留まった、とても分厚い、とても高いこの本をカゴに入れてしまう。中沢けいさんが、デビューした1978年から2008年までに書いた書評や、本にまつわるエッセイをまとめたもの。いったいどれだけの本の話が詰まっているのだろう。
 他人がどんな本を読んできたか、というのはとても興味深いことで、それが小説家となればなおさらである。膨大な目次の中から、自分が読んだ本の項を拾い読みしてもいいし、年代別になっているから、その年代に自分が読んでいた本と比べることもできる。いいんですか、これ八千円近くしますよ、とHさんがちょっと動揺する。い、いいんです、と私は頷き、さらに同じくらい分厚い『新世紀読書大全』柳下毅一郎(洋泉社/本体3,800円)もいったんカゴに入れたのだが、最終的にこちらは次回ということに(やはり高いほうを選んでしまうのか)。
 隣に猫にまつわる本を集めた棚が作ってあって、「なぜ私の著作の『さようなら、猫』がない!?」と文句を言いながら眺める。そこで見つけたのが『チロ愛死』荒木経惟(河出書房新社/本体1,500円)。愛猫の死を看取ったこの写真集のことはずっと気になっていたのだが、私も猫を飼っているし溺愛しているので、今まで買う勇気がなかった。しかし買うなら今ではないのか、と思いカゴへ。だが、結局は最後の値段調整のときに、棚へ戻すことになってしまった。勇気がまだ足りなかったのです。
 写真集は、今回買おうと思っていた分野だったので、そちらの棚へ。

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【2】『堕落部屋』(グラフィック社)
【3】『いつか見た風景』(冬青社)
【4】『軍艦島全景』(三才ブックス)

『堕落部屋』『いつか見た風景』『軍艦島全景』

 面白い小説を読むと、自分も面白い小説を書きたくなるが、面白い写真集をめくっても、同じことが起きる。小説の場合は、まず、その小説を書いたのが自分ではないことにへこむが、その後、その小説の面白さが原動力になり、へこんだ気分が意欲に変わっていく。写真集の場合はちょっと道筋が違う。写真の中に、私が書くべき物語が埋め込まれているような気がしてくるのだ。
 というわけで、まったく違うタイプの3冊を。10代後半から20代前半であろう女性たちの、若さと自意識が溢れかえったような部屋(『堕落部屋』)、廃坑になった島の風景(『軍艦島』)、モノクロで静かに記録された、時代や生活や自然(『いつか見た風景』)。

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【5】『ペドロ・アルモドバル』(フィルムアート社)

『ペドロ・アルモドバル』

 挑発的な映画を作るアルモドバルは大好きな映画監督。ロングインタビューをまとめた本。「伝統的なタブーは、僕にとってはタブーではない」とか「誠実であればあるほど、映画は新しい」とか、目次に並んだ言葉だけでもどきどきする。

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【6】『ナチュラルな庭づくり』(主婦の友社)

『ナチュラルな庭づくり』

 知人に手伝ってもらって庭造りをはじめて以来、植物の魅力に目覚めてしまった。これまでは花の名前なんてひまわりと朝顔くらいしか知らないといってもいいレベルだったのに、最近は「バーベナ・ポナリエンシス」がどういう花かも知っています(一例)。それにしても、ガーデニングの棚の前で足を止めるばかりか、「あっ、スミザーの新しい本だ」などと叫ぶ日が来るとは五年前は夢にも思わなかった。

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【7】『負債と報い』(岩波書店)
【8】『マーガレット・アトウッド』(彩流社)

『負債と報い』『マーガレット・アトウッド』

 ここでいよいよ小説の棚へ。平積みになっている新刊のほとんどは、ネットでチェック済みだが、棚差しの中にやはり「おっ」と思うものがある。
 アトウッドの小説は全作読んでいるつもりだったが、一年前に刊行されていたこの評論集は知らなかった。小説から想像すると、ぜったいに性格が悪いと思われるアトウッド(すみません)の文明批評、楽に読めるとは思えないが、ファンなのでもちろん買ってしまう。もう一冊はアトウッドのガイド本。この「現代作家ガイド」シリーズは、ポール・オースター、スティーヴ・エリクソン、ウィリアム・ギブスン、トニ・モリスン、そしてアトウッドというラインナップ。こういうものが出ているのですね。

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【9】『火葬人』(松籟社)

『火葬人』

 小説家なのに小説の本を一冊も買っていないことに気づき、探す。せっかくリアルな書店にいるのだから、amazonで「あなたにおすすめの本があります」と芋づる式におすすめされるような本ではなくて、じっと棚に目を凝らさないと見つからないような本にした。これは東欧の小説。東欧の小説はあまりに政治的だったりあまりに幻想的であったりして、挫折することも多いのだが、これはどうだろうか。とりあえずタイトルと装丁はすばらしい。

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【10】『妖精王』1~3巻(潮出版社)

『妖精王』1~3巻

 最後はコミック。山岸凉子さんがダ・ヴィンチに連載していたバレエ漫画『テレプシコーラ』を送ってくださった方があり、読んだら、私が子供の頃に読んだ、彼女の最初のバレエ漫画『アラベスク』を再読したくなった。しかし復刻されたシリーズは第一部と第二部を合わせて買うと、かなりの金額になって、予算オーバーになってしまう。第二候補であった『日出処の天子』も巻数が多すぎ、結局、三巻で完結する『妖精王』に。これも再読。山岸さんの、人間の「歪み」まで描く繊細な筆致が好きです。

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 思ったよりも短時間で買い物終了。ふわふわした足取りのまま、「お疲れさまでしたー」と帰ろうとしたとき、Hさんから「井上さん、ご自分の著書はチェックされませんでしたね」との指摘が。そういえば小説の棚は海外文学しか見ていなかった。自分の本のことはまったく思いつかなかった。見にいってみると、私が来る今日のためにわざわざ用意してくださったとしか思えないディスプレイでたくさん並んでいた。どうもありがとうございました。これからは、ネットだけではなくてリアル書店にももっと行くようにしたいと思います。とりあえずもっと歩きます(帰ったら脚がすごく疲れていた)。

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