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第18回:木内昇さん

楽園でお買い物
<プロフィール> 木内昇(きうち・のぼり)1967年、東京生まれ。出版社勤務を経て、インタビュー誌「spotting」を主宰。雑誌などでの執筆や単行本の編集を手がけるかたわら、 2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。2008年に『茗荷谷の猫』を刊行し第2回早稲田大学坪内逍遥大賞激励賞を受賞。2011年 『漂砂うたう』で第144回直木賞受賞。初エッセイ集『みちくさ道中』発売中。

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【1】『ことり』(朝日新聞出版)

『ことり』

 好きな書店は数あるが、規模の大小にかかわりなく共通するのは、隅々にまで目が行き届いていて、店の個性がはっきり見えるところだ。街ごとに必ず立ち寄る店はいくつもある。今回はそのひとつ、銀座教文館にお邪魔した。永井荷風も足繁く通った、なんと明治18年創業の書店である。戦後の史料にあたっていたとき、焼け野原にぽつんと建つ教文館ビルを見つけて「おお」とうめいたこともある。
まずは2階に上がってすぐの平台から小川洋子『ことり』を手に取る。小川氏は新刊が出るたび欠かさず買う作家さん。今すぐ読みはじめたい衝動に駆られるも、ひとまず気を落ち着け、文芸書の棚へ。

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【2】『64』(文藝春秋)

『64』

ここにドーンと積まれていた横山秀夫『64』を前に少し悩む。根っからの天の邪鬼のせいか、いかにもベストセラー然とした面構えの本には昔から食指が動かないのだ。帯で仰々しく煽っているもの、○○部突破! と方々で謳っているもの、大勢が涙したらしきもの─いずれも私を「読まんでいいか」という気にさせる。不思議とそういう本は身近な人間の誰も読んでいないことが多く、この現象は、あんなに大人気なキムタクのファンにただの一度も出会ったことがない、というのに似ている。世の中の主流はなぜかいつも「私の知らない世界」なのだ。
 しかし『64』は確実に面白そうな匂いがする。書店彷徨の日々が培った嗅覚は馬鹿にできないのである。昨今は、書評で本の存在を知り、アマゾンのレビューで確認の上、まずは図書館で借りてみて、気に入ったら買う、という石橋を叩きながら十往復くらいする慎重派も多いと聞く。それも一計だが、書店で出会い頭に自らの勘に従って本を選ぶのもまた醍醐味である。

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 以前、みうらじゅん氏からこんな話を伺った。友達が絶賛するのでボブ・ディランのLPを買ったが、聴いてみるとひどい濁声、曲もなにがいいのかわからない。「失敗した」と思ったが、小遣いをはたいて買ったので悔しいから何度も聴いた。すると、その曲のよさがだんだんわかるようになり、終いには彼の楽曲の虜になったのだ、と。みうら氏はのちに、ボブ・ディランをモチーフにした『アイデン&ティティ』という漫画を描いている。そういうことも、またある。

【3】『農業全書』(岩波文庫)
【4】『日本の下層社会』(岩波文庫)

『農業全書春』『日本の下層社会』

小説本を一通り見たのち、目を皿化して岩波文庫をチェック。ここのラインナップはまことに素晴らしく、できれば岩波書店の文庫保管庫に住まわせてもらいたいと私は常々願っている。今回買ったのは『農業全書』と『日本の下層社会』。前者は江戸期の農業指南書ともいえる一冊。土の作り方から、種をまくに適した天候まで作物別に書かれている。これが1,000円にも満たない文庫で読めるなんて! と幸せを噛みしめ、次はアート本コーナーへ。

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【5】『妖怪萬画』vol1・2(青幻舎)

『妖怪萬画』vol1・2

写真集やデザイン書はかなり買うほう。トークショーや対談も、写真家やアーティストと行うことが多い。なのに書くのは時代小説なんですねぇ......と呆れられることしばしばなのだが、絵にせよ写真にせよ文化というのは連綿と続いて今に至るわけで別段不思議はない。文庫サイズながらカラーで絵巻が載っている『妖怪萬画』は、おどろおどろしさはなく愛嬌たっぷり。

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【6】『BOOKS ON JAPAN 1931‐1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)

『BOOKS ON JAPAN 1931‐1972 日本の対外宣伝グラフ誌』

『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』からは、日本の対外宣伝グラフ誌の歴史が見えてくる。時代が時代だけに戦争の影が色濃く、複雑な気持ちにはなるが、当時の意外にも斬新なデザインや写真は一見の価値ありだ。

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【7】『123人の家』(日販アイ・ピー・エス)

『123人の家』

生活本も外せない。家具店アクタスのスタッフが暮らす部屋を集めた『123人の家』は、さすがのインテリア&オールカラー700ページ超で1,000円という心意気に感服し購入。

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【8】『沢村貞子の献立日記』(新潮社)

『沢村貞子の献立日記』

「とんぼの本」からは、『沢村貞子の献立日記』を。新潮文庫『わたしの献立日記』は愛読書だが、ここではその献立をレシピ&写真入りで紹介している。巻頭の黒柳徹子のエッセイにグッとくる。沢村貞子のように日常を大事にしながら、きれいに生きたいものだとつくづく思う。

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 本を物色していると、時折書店員さんとお客さんのやりとりが聞こえてくる。在庫の問い合わせのみならず、本の感想を言い合ったり、オススメ本の紹介をしたり。なんとも、いい光景なのだ。私自身、書店員さんから読者の感想を伝えていただくことがままあるし、「○○書店の方に勧められて読んだんですよ」という読者の方にお会いすることもある。ネット書店では叶わない、リアル書店の役割というのははかりしれないほど大きいのである。

【9】『岡本綺堂探偵小説全集』〈第1・2巻〉(作品社)
【10】『生まれることは屁と同じ』(河出書房新社)

『岡本綺堂探偵小説全集』〈第1・2巻〉

さて、残り1万円強。うまくすれば10冊は買えるかな、と算段していたところで見つけてしまった『岡本綺堂探偵小説全集』。ぶ、分厚い。しかも上下巻。そして各6,800円。これを買ったら至福の時間が終わってしまう。だが帯には「単行本初収録」という垂涎ものの文言が。今まで古書でこまめに集めていたがこれは買わねばなるまいと心魂に徹してレジの前へ。

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こんなに集中したのは久しぶり、にわかに脳味噌が痛い。教文館・吉江さんがテキパキと打ち込んでいくのを呆然と見守りながら、このとき私の脳裏にはさまざまな記憶が走馬燈のごとくよぎっていた。

 本なんか読んで、と親に叱られた幼少期。投げ売りの古本しか買えなかった高校時代。書店員を夢見て勝手に挫折した大学時代。物書きになって接した文芸業界はけっして健やかとは言いがたく、自分の書くものに需要があるとも思えず、うちの親も未だに私が小説本を出したことより、以前トルコへ取材に行ったことを親戚に自慢する(海外で仕事、がブランドの世代なのだ)。「この娘は、トルコで働いたこともあるのよ」。そのたび私は、かつてソープランドがトルコと呼ばれていた時代に青春期を送っていた叔父らに怪訝な顔を向けられる。しかしそれでも本好きでい続ければ、3万円で好きに本を買っていいですよ、と言ってくれる奇特な人も現れるのだ。
 教文館をあとにして、銀座の街を駅まで杉江氏と歩いた。心は軽く、晴れやかだった。夏にこの街をパレードした五輪メダリストたちも、今の私ほど晴れがましい気持ちではなかったのではないか、と思われた。
 別れしな、杉江氏に言った。
「今日の取材、作家になって一番うれしかったことです」
 杉江氏は目を丸くして返した。
「えっ! 他にあるでしょっ!?」

 お辞儀をして別れ、電車に揺られながら、かごの中に紛れ込ませた一冊、深沢七郎の対談集『生まれることは屁と同じ』というタイトルを頭の中で反芻する。私なぞまさに屁のような存在なのだから、妙な欲心を起こさず、やるべきことを淡々とやろう。そしてもともと好きだったことを、なにがあろうと素直に好きでい続けよう。この日は穏やかな気持ちで眠りについた。翌日は、アドレナリンが出まくった後だったせいか、一切使い物にならなかった。

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