図書カードNEXT トップ > 図書カード使い放題?! > バックナンバー > 第15回:角幡唯介さん

第15回:角幡唯介さん

16冊42センチを一気買い!
<プロフィール> 1976年2月5日北海道芦別市生まれ。早稲田大学卒業後、新聞記者を経てノンフィクション作家・探検家。チベット・ツアンポー峡谷の探検記『空白の五マイル』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。近著にヒマラヤでの雪男捜索を描いた『雪男は向こうからやって来た』(同)がある。2011年はカナダ北極圏1600キロ冒険行を行い、「アグルーカの行方」と題し、すばる誌上で連載中。

購入書籍No.   12345678910111213141516

【1】『共喰い』(集英社)

『共喰い』

 さて本屋に行き最初に買い物かごに入れたのは、ちょうどその日に刊行された田中慎弥の芥川賞受賞作『共喰い』だった。もちろんこの本は、刊行されたばかりなわけだから、過去に購入を迷ってやめた本ではない。たまたまこの日の朝刊に大々的に広告が打ってあったのを目にして、あ、あの話題の会見の人だ、今日発売なんだと思い、買うことにしたのである。

ページトップへ

【2】『道化師の蝶』(講談社)

『道化師の蝶』

 だが、その隣にある円城塔『道化師の蝶』はまったくの予定外だった。斎藤美奈子が朝日新聞の「文芸時評」で、この本について「10人読んだら3人はわからないといい、2人は『すげえ! 天才だ』といい、残り5人は途中で寝てしまうだろう」と書いていたのを思い出したのだ。私は途中で寝てしまう5人のうちの1人に違いないが、斎藤によると、前衛とはそういうものだから寝てもいいのだそうで、おかげさまで文学にはさっぱり疎い私でも迷うことなく購入できた。安心して寝られそうだ。

ページトップへ

【3】『世界文明史の試み』(中央公論新社)

『世界文明史の試み』

 続いて新刊台に並ぶ山崎正和『世界文明史の試み 神話と舞踊』を選ぶ。以前、新聞の夕刊で紹介されていたのを見て、絶対に買おうと思った一冊だ。私は自分で冒険をして、それを題材に本を書くことを生活の糧としているが、苛酷な冒険をしていると、人間の身体が本来、周囲の自然や環境をどのように知覚し、それとコミュニケーションしてきたのかということに関心がわいてくる。新聞記事によると、この本には世界史レベルにおける人間の身体性の変遷について述べられているらしく、私の今の関心にこたえてくれそうな内容だ。そう思い本屋に駆け込んだところまではよかったが、実際に手に取ってみると、その分厚さ、難解そうな内容、値段などから、いやー読まないだろうなあと、まず、自信を失い、その時は結局購入を控えたのである。あの時買わないで本当に良かった、と思いつつ今回は購入を即決する。

ページトップへ

【4】『地の底のヤマ』(講談社)

『地の底のヤマ』

 つづいて文芸書の階に移動した。以前から気になっていた西村健『地の底のヤマ』を手に取る。炭坑について書かれた小説らしいということ以外、内容はよく知らない。この本がすごいのは見た目の迫力だ。863ページ、2段組み。装丁も炭坑夫の怨念が聞こえてきそうな出来栄えで、思わず昨年読んだ増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を思い出した。あの調子で、私はこの本に寄り切られてみたい。買い物に同行してくれた本の雑誌の担当者さんに「この本読みました?」と訊いてみると、「ぼくは読んでないですけど、読んだ人は、すごいと言ってました」とのことである。購入決定。

ページトップへ

【5】『宿屋めぐり』(講談社)

『宿屋めぐり』

 次に作家別のコーナーをぶらぶらしていて、町田康『宿屋めぐり』が目に留まった。町田康は『告白』に衝撃を受けて以来、常に本屋で動向を気にしていた好きな作家の一人であるが、それにもかかわらず、自分でもびっくりしたことに、私はこの本のことを知らなかった。帯を見ると、野間文芸賞を受賞している傑作長編とのことではないか。え、何、この本? こんなのあったっけ? と内心ひどく動揺したものの、しかし平静を装いつつ、隣の担当者さんに「この本、面白いですか」と訊いてみた。「評判はよかったですが、僕はちょっと難しくて......」とのこと。え、難しいの? しかも602ページもあるじゃないか。今、買わないと絶対に買わないよ、そんなに難しくて、こんなに分厚い本! と動揺ついでにかごの中へ入れる。

ページトップへ

【6】『笛吹川』(講談社文芸文庫)

『笛吹川』

 その直後、「角幡さん、深沢七郎の『笛吹川』って読みました?」と担当者さんから訊かれた。笛吹川なら大学生の時に沢登りで登ったことはあるが、本は読んでいない。
「(もちろん)読んでませんよ」
「最近、文庫で復刊されたんですが、すごい小説でしたよ。人が死にまくって......。町田康が解説を書いているんです」
 それはすごい。深沢七郎の小説で、人が死にまくって、解説が町田康って、それだけでもう、人間の生と死について、とんでもなく深いことが書かれていることが保証されたようなものだ。その一言だけで購入決定。

ページトップへ

【7】『ジェノサイド』(角川書店)
【8】『写楽 閉じた国の幻』(新潮社)

『ジェノサイド』 『写楽 閉じた国の幻』

逸る気持ちを抑えつつ文庫コーナーに向かおうとすると、いきなり目の前に高野和明『ジェノサイド』が......。
「これは読みましたか」
「いや、読んでいないんですよねー」
「すごい面白いですよ」
「ええ。ただ、みんながあまりにも面白いと言うものですから、ついつい、読まなくてもいいかなと」
「そうですよね、みんな読んでいたら、読む気なくしますよね」
 とかなんとか話しながら、いや、そんなこともないんですけどね、と口ごもりつつ、今度ばかりはと観念し、かごに放り込んだ。ついでに島田荘司『写楽 閉じた国の幻』も以前、散々迷って買わなかったことを思い出し購入。

ページトップへ

【9】『神々の沈黙』(紀伊國屋書店)

『神々の沈黙』

 人文書の目玉は、なんと言ってもジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』である。この本は、ジョン・ガイガー『奇跡の生還へ導く人』という本の中で紹介されていたもので、我々が今感じている「意識」が誕生したのは、人間の歴史の中でそう古いことではないという説を学術的に論じた「トンデモ本」らしい。ガイガーによると、学者たちがこれまであえて避けてきた領域に踏み込んだことから、この本は学会で激しい批判を浴びたが、「それでもジェインズの説は影響力をもち続け、ある書評家にこう言わしめた。『まったくもって評判のかんばしくないこの本を、ベッドカバーの下でこっそり読んだ認知科学の学生はいったい何人になることだろう』」(『奇跡の生還へ導く人』伊豆原弓訳)。こんな文章を読まされたら、買わないという選択をすることは難しい。ベッドは家にないので、布団の近くに置いておくことにする。

ページトップへ

【10】『塩の道』(講談社学術文庫)
【11】『秘境ブータン』(岩波現代文庫)

『塩の道』『秘境ブータン』

 文庫本からは宮本常一『塩の道』と中尾佐助『秘境ブータン』を選ぶ。宮本常一の本は、若い頃よりも最近の方がやたらと面白く感じる。年を取り、故郷に目が向くようになったのだろうか。

ページトップへ

【12】『原発ジプシー』(現代書館)
【13】『逮捕されるまで』(幻冬舎)

『原発ジプシー』『逮捕されるまで』

社会派系からは、堀江邦夫『原発ジプシー』と市橋達也『逮捕されるまで』の2冊。このあたりに来ると買い疲れて、目についたものの中から、過去に買うのを迷ったというだけで選んでいる。なにせ自分のお金ではないので購入のハードルが低い上、どんどん買わないと3万円に届かないという強迫観念じみたものがあり、それが大胆な選択に拍車をかけるのだ。

ページトップへ

【14】『池袋チャイナタウン』(洋泉社)

『池袋チャイナタウン』

 なお突然であるが、私は2年前から西武池袋線沿線に住んでおり、最近、池袋北口付近の中華料理屋で食事をする機会が多い。特に四川料理系には本格的な店が多く(高級という意味ではなく、味付けが辛くて脂っこく本場に近いという意味)、月に1、2度訪れては、脂と唐辛子のとり過ぎで腹をこわしている。というわけで山下清海『池袋チャイナタウン』という本を見つけた瞬間、かごの中へ入れた。

ページトップへ

この時点で、事前に買おうと思っていた本のほとんどを買っていないことに気がついた。だが本を買うというのはそういうものだ。その場での出会いが大事なのである。でも最後にあと1冊、購入を予定していたリチャード・ドーキンス『神は妄想である』ぐらいは買っておこうではないかと思い、コンピューターで店内検索してみた。すると書店内で福岡伸一のセレクト本フェアが開かれており、そこにあるらしい。行ってみるとフロアの一角に福岡伸一という人物を形成してきた魅力的な本がずらりと並んでいた。

【15】『虹の解体』(早川書房)

『虹の解体』

『神は妄想である』を買おうと思ったのに、それよりもブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの』の方が面白そうだと思い、上下巻2冊をかごの中に入れたものの、やはりドーキンスのほうがいいやと考え直し、結局『虹の解体』という別の本を選んだ。一体これは何について書かれた本なのだろう。内容が分からないまま、訳文がやたらと上手かったので決めた。誰の訳なのかなと思ったら、福岡伸一その人であった。納得である。

ページトップへ

【16】『森にかよう道』(新潮選書)

『森にかよう道』

 最後に合計金額を計算してみると1,000円ほど残っていたので、内山節『森にかよう道』を選んだ。人間は自然から何を感じ取り、現代の我々はその何を失ってしまったのかという、今の私の関心にぴったりの内容だ、と期待してのものである。

ページトップへ

 さてこれら、辞書のような厚さのものも含む計16冊の本が家に届き、すべてを積み重ねて高さを測ってみると、42センチもあった。それらをザッとひとまとめにして、部屋の片隅に押し込めて、私は改めてふと思った。私はこれらの本のうち、一体何冊を読むことができるのだろう。何せ他人のカネで買った本である。とまれ、まあ、考えようによっては本も女性と同じで、実際に付き合うと幻滅することもあるのだから、こうして部屋に積んでおき、見目容姿を鑑賞し、中身を妄想して悦に浸るという方が、本にとっても私にとっても幸せなことなのかもしれない。ちなみに最初に読んだのは『笛吹川』で、これは期待通りのすごい小説だった。

図書カード使い放題?! トップ
ページトップへ