最新:伊与原新さん

- ありのままの輪郭と現在地
- <プロフィール>
伊与原新(いよはら・しん)
1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。19年『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。23年刊行の『宙わたる教室』は第70回「青少年読書感想文全国コンクール」の課題図書(高等学校の部)に。また24年10月よりNHKにてドラマ化され好評を博した。25年『藍を継ぐ海』で直木賞を受賞。近著に『翠雨の人』『コズミック・ガール宙わたる教室』。
購入書籍No. 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12
【1】『電波天文学入門』(森北出版)

ともあれまずは6階の自然科学コーナーだ。手をのばしたくなる本がふんだんにあるとすれば、私の主戦場であるここしかない。
1冊目は、必ず買おうと決めていた『電波天文学入門』である。著者は鹿児島大学の天文学者、高桑繁久氏。かなりマニアックな本だが、最近出たばかりなので店頭にあるだろうと踏んでいた。今、電波天文学を題材にした連作を書いているので、この本で勉強したい。中を開くといきなり積分記号がいくつも目に飛び込んできたが、数式の展開まで逐一追わなくとも読みどころは多々あるだろう。こうした専門性の高い分野においては入門書もなかなか出版されないので、最新の情報をふまえた新刊は貴重である。
【2】『新版 絵でわかるプレートテクトニクス』(講談社)

私が自然科学系の新刊情報を得ているのは、おもにXである。研究者だけでなく、科学系の編集者やサイエンスライターなど、"科学の目利き"を多くフォローしているので、目ぼしい本が出版されれば必ずタイムラインに上がってくる。
イエール大学教授・是永淳氏の『絵でわかるプレートテクトニクス』が稀に見る名著だということは以前から噂に聞いていたが、ずっと未入手のままであった。このたびその新版が出たとXを通じて知り、ならばこの機会にと思い至ったわけだ。パラパラとページをめくってみると、思った以上に初学者向きに見える。それでも、トップ研究者の手によるものなのだから、本質を突いた内容になっているに違いない。そう考えて、予定どおりカゴに入れた。こんなん、なんぼあってもいいですからね。
【3】『大地球史 生命が地球をつくった 46億年の新しい進化史』(日経ナショナルジオグラフィック社)

こちらもX上で評判が良かったので、即購入。地球と生命が共進化してきたという考え方は、私が大学院生の頃から徐々に学界に浸透してきたように思う。地球科学と生命科学の研究者が協働する場面もかなり増えたようだ。「ガイア」(地球全体を一つの生命体ととらえる見方)という用語はややナイーブに過ぎて好みではないが、この本ではどう扱われているのか気になる。
著者のフェリス・ジャブル氏は研究者ではなく科学ジャーナリストとのことだが、海外ではこうした書き手による骨太で分厚い一般向け科学書のベストセラーが次々出る。本邦にもいいサイエンスライターがたくさんいるのだから、出版各社にはなんとか頑張っていただき、新書以外にも科学モノのベストセラーを生み出していただきたい。
【4】『Newton別冊 色と光の科学』(ニュートンプレス)

自然科学コーナーをあとにする前に、「Newton」の棚を忘れずにチェック。「Newton」は私を科学の世界へ誘ってくれた原点の1つであり、赤く縁取られたお馴染みの表紙はいつも私の心を落ち着かせてくれる。ワンテーマをわかりやすくまとめた「Newton別冊」シリーズにも日頃からお世話になっているが、今回は科学雑誌らしからぬフェルメールの絵の表紙に惹かれて、『色と光の科学』を衝動的にカゴへ。創作のヒントになりそうな記事があるに違いないと、私の直感が告げている。
【5】『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』(かんき出版)

4階まで下り、地図・ガイドのコーナーへ。こちらも以前から狙っていた本である。私はジャーナリストとしての佐々木俊尚氏のファンであるが、氏の著作の中でもっとも興味を引かれたのは、なぜかこの「フラット登山」のガイドブックだ。「散歩以上ロングトレイル未満のアウトドア」というコンセプトが、体力の減退を日々実感している私にやたらと刺さった。コースガイドのページをめくっているだけで「すぐにでも行きたい!」と気持ちが逸るが、はて、そんな時間がどこにある......。小林聡美さんのエッセイ集『マダム小林の優雅な生活』の中に、当時の夫、三谷幸喜氏が口先ばかりで外へ出ない自らのことを「心のアウトドア派」だと言い張る場面があるが、私も今やまさに「心のアウトドア派」と化している。いつか歩きたい道があるということが仕事のモチベーションにもつながると信じよう。
【6】『ノルマンディー上陸作戦1944』(上)(白水社)
【7】『ノルマンディー戦車戦』(光人社NF文庫)
さらにワンフロア下がり、歴史コーナーへ。ノルマンディー上陸作戦が登場する小説を構想しているので、参考資料をさがしてみた。現状、この作戦に関する私の知識は、映画『プライベート・ライアン』の冒頭シーンぐらいである。だから、作戦の背景と全体像を概観できるような図版メインの書籍が欲しかったのだが、思ったより本格的な戦史ノンフィクションしか店頭にない。とくに『ノルマンディー上陸作戦1944』は上巻だけで500ページ超の大部である。読み通せるだろうか......と不安を感じつつもカゴへ。副店長の桐生さんが、他にノルマンディー関連本がないかさがしてくださった。『ノルマンディー戦車戦』というなかなか面白そうな文庫本が見つかったので、そちらも購入。
【8】『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』1~3(小学館)

欲しいマンガがあったことを思い出し、逆戻りして再び上階へ。8階のコミックコーナーで脇目も振らず向かったのは、私がもっとも敬愛するクリエーター、藤子・F・不二雄先生の作品が並ぶ棚だ。「ドラえもん」をはじめとする藤子マンガは、「Newton」と並び、幼い私の頭と心にセンス・オブ・ワンダーを植えつけてくれた原点と言っていい。あちこちで藤子マンガ愛を宣伝しているおかげか、近頃は「ドラえもん」関連の仕事もたまにいただけるようになった。本当に嬉しく光栄なことだ。
藤子マンガはかなりマニアックなものまで読んできたつもりだが、F先生のSF短編が収められたコミックスには未読のものや紛失したものがある。これを機にあらためて完全に揃えるべく、最新の全集「コンプリート・ワークス」からまずは最初の3巻をカゴに入れた。
【9】『自分事として向き合うための手控え帖 がんは運である?』(KADOKAWA)
【10】『エピジェネティクス』(岩波新書)
フロアを下っている途中、「そうだ、仲野先生の新刊!」とひらめいた。生命科学者で作家の仲野徹先生とは数年前にご縁ができ、以来応援していただいている。私もまた、仲野節の大ファンである。最近出されたのは、『生命科学者、定年後に畑にハマる 実践・知的菜産の技術』と『自分事として向き合うための手控え帖 がんは運である?』の2冊。私も五十を過ぎ、体のあちこちに不調が出始めている。畑の本よりはがんの本だろう。というわけで、4階の趣味・実用コーナーでそちらを入手する。
そしてもう1冊、サイエンティストとしての仲野先生の仕事をより深く知るべく、『エピジェネティクス』を購入。エピジェネティクスとは、DNAの配列を変えることなく遺伝子の働きを制御するスイッチの仕組みのことだ。このスイッチは、環境や生活習慣によってオンになったりオフになったりするというのだから、面白い。
【11】『ファイア・ドーム』(上下)(小学館)
【12】『君のクイズ』(朝日文庫)
これで残りは5千円ほど。最後はやはり、2階の文芸書コーナーで締めることにする。エンタメ小説が欲しいのだが、未読の話題作・ヒット作が山ほどあって、迷い出したらキリがない。ここはひとつ、絶対に面白いとわかっているものを買おう。と、まるでZ世代のような選び方で、辻村作品と小川作品を。うん、間違いない。
どうだろう。当初の懸念は、杞憂だっただろうか。少なくとも、そこまで時間をかけずに3万円を使い切れたので、書店の皆さんや本企画担当の編集者さん、同行してくださった文藝春秋の編集者お二方にはご迷惑をかけずに済んだ気がする。本企画を楽しみにしている読者の皆さんにとって、この買い物レポートが面白いのかどうかは......よくわからない。
今回の買い物であらためて感じたのは、読書というのは極めて個人的な行為だということだ。読んできた本、読みたい本を並べてみれば、おのずとその人間の輪郭と現在地が立ち現れる。科学モノと執筆資料ばかりで味気ないと思われたかもしれないが、このラインナップこそがありのままの「今の私」ということで、どうかご容赦いただきたい。
レポートの価値はともかく、私個人としてはいい経験をさせていただきました。どうもありがとうございました。

