もし手元に自由に使える3万円の図書カードNEXTがあったら、あなたならどんな本を買いますか?
このコーナーでは、そんな夢のような話を作家さんに体験していただき、どんな本を選んだかを大公開!
図書カードNEXTで本を選ぶ楽しみをあなたも疑似体験してください。
第17回:角田光代さん
- 本が私を呼んでいる
- <プロフィール> 1967年神奈川県生れ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞を、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞を受賞。著書に『かなたの子』『紙の月』など多数。
好きなだけ本を買ってよいと言われたのは、10歳のころくらいまでだ。私は本が好きだったし、本を与えておけばおとなしくしていたので(本がなければ手に負えないほどうるさかった)、親にそう言われたのである。でもそれが最後で、その後、好きなだけ本を買っていいなんて言ってくれる人はいなかった。
好きなだけ本を買うことを、私はどれくらい夢見たことだろうか。お金のことなんて考えずに、ばんばん買う。ばんばん買っちゃって、読みたいものから読んで、そうするともちろん読まないものもあって、でも貧乏くさく「せっかく買ったんだから読まなくちゃ」なんて焦らず、いつか読めばいいやとそのへんに置いておいて、またばんばん買う。そんなことが、一度でいいからしてみたいなあ。いちばん強くそう思っていたのは23、4歳のころだ。
新人賞をもらってデビューしたばかりで、生活できず、アルバイトをしていた。自分がどれだけ本を読んでいないか、年長の編集者たちに指摘され、読まねばと焦っていたし、それとはべつに、読みたいという熱もあった。このころは、10代のころとは違う意味で、本がおもしろかった。理解できないものも、難解なものも、その理解できなさを、難解さをたのしめたのだ。だからなんでも読みたかった。そうして私にとって読むことは、「所有する」ことでもあった。
もちろん好きなだけ本は買えないので、図書館で借りて読んでもいた。けれどそうして出合った本で私はこれが好きだと思うと、つい買いたくなる。手元に置いておきたくなる。
私の本の所有欲は、蒐集欲とは異なる。読みたいときにすぐ読みたいから持っていたいのだ、というのが建前だけれど、本音はじつは違う。そもそもかつて読んだ本をしょっちゅう読み返したりはしない。「そこにないと忘れる」というのが、私の所有欲の本音である。図書館に返してしまったら、その本を読んだことすら忘れてしまう。手元に置いておけば、読んだ記憶がずーっと残る。読むこと、イコール、記憶すること、イコール、所有、という図式になっているらしい。
あのころは、本当にくるおしいほどばんばん買って、ばんばん本棚に入れていきたかった。
好きなだけ本を買ってみたいという気持ちがまったく消えたことはないけれど、でも、30代の半ばごろにはだいぶおさまった。読みたい本より、読まねばならない本が増えてしまったのだ。あれもこれもほしい、でも、いつ読めるだろう。そう思うと、今買ってそのへんに置いておくよりも、時間ができたときまとめて買おう、になり、そして時間はずーっとできない。
さて今回、3万円ぶんの図書カードで本を買ってください、という依頼がきた。これは依頼だろうか。許可じゃないだろうか。買ってください、ではなくて、買っていいですよ、がただしいのじゃないか。
どのくらい買えば3万円になるのか、見当もつかない。それは私が3万円ぶんもいっぺんに本を買ったことがないからだ。つまり「3万円」は「好きなだけ」と転換される。そして私は子どものころのあの至福を思い出す。
近所の書店で買いものをすることにした。私の住む町には古本屋さんも新刊書店も多い。そしてどの店もきちんと個性がある。新刊書店も、である。私はこのことをこの町の住人として誇りに思っている。ベストセラーと話題の新刊本だけがたくさんあるような書店は、この町にはないのである。
角田光代さんが図書カードで購入した本
著書 | 著者/出版社 | 価格(税込) |
---|---|---|
『東京右半分』 | 都築響一/筑摩書房 | ¥6,300 |
『コレクション戦争と文学 〈15〉戦時下の青春』 | 中井英夫ほか著/集英社 | ¥3,780 |
『コレクション戦争と文学 〈2〉 ベトナム戦争』 | 開高健、浅田次郎、奥泉光/集英社 | ¥3,780 |
『さいごの色街 飛田』 | 井上理津子/筑摩書房 | ¥2,100 |
『美妙 書斎は戦場なり』 | 嵐山光三郎/中央公論新社 | ¥1,890 |
『ロックンロールが降ってきた日』 | 秋元美乃、森内淳編/Pヴァイン・ブックス | ¥2,500 |
『Sunny 』〈1、2〉 | 松本大洋/小学館 | ¥1,900 |
『坂道のアポロン』〈9〉 | 小玉ユキ/小学館 | ¥440 |
『少年時代』 〈上下〉 | 藤子不二雄A/中央公論新社 | ¥3,360 |
『おかずとご飯の本』 | 高山なおみ/アノニマ・スタジオ | ¥1,680 |
『精選女性随筆集〈6〉宇野千代・大庭みな子』 | 小池真理子編/文藝春秋 | ¥1,890 |
合計 13冊 購入総額 ¥29,620 |
それでは各書籍について、購入の背景をじっくりと伺いましょう。